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光というものが蜘蛛糸のようにたなびくものではなく、
オレンジと同じ色、同じ眼球の同じ形をしていると思い知らされたのは、大人になって行年が過ぎた晴れた夏空だ。

宇宙飛行士になったばかりの彼は、ぼくを置き去りにして空の上を見に行った。

あまりにキラキラ目を輝かせて話すもんだから、僕は気になってどんな様子か尋ねたのだけれど。
行ってきたにしては、なんだかリアリティのない回答ばかりで興冷めしたのを覚えている。

「黒くて、青くて、空が…神様がいるんだよ」

ニーチェを馬鹿にするのが宇宙飛行士の特権なのか?
それとも彼が天才で、人に好かれるからなのか。
空に行かせなかったのはこいつのくせに、何もしない僕の隣に居るのはなんでなんだろう。 
僕の夢は宇宙飛行士だった。

「そうなんだ」

能天気で無知な偏見を持つ僕を無視して語る、この彼を前にしても、自己嫌悪をやめられなかった。
そんな僕だから、光の形を知ってしまうのも時間の問題だったのだ。

「あ、飲み物何にする?俺の奢りな」

天才のような彼は僕のような凡人が、隣にいないことを気にも掛けずに宇宙に行く。
自販機と一緒に消えてなくなった彼のあの笑顔が、空に揺らぐ光よりも眩しかったせいで、僕もつられて笑ってしまったのだった。

「じゃあ、同じの」

瞼の裏から離れてくれない。
どうして彼と幼馴染だったんだろう。

神様は自分勝手だ。
そう、コメンテーターが語った独善的な宗教論は、僕の背中を詰るように後ろ指を指していく。
性別が違ったら、僕ら離れずに済んだのか?

「…そうなら、楽だったんだろうな」
もしかしたら、彼と一緒に宇宙飛行士になる未来もあったのかもしれない。
でも、僕は僕でしかなかった。
ただ遠くに行かないでほしかったのかもしれない。
魚みたいな目をした僕が液晶の向こうから見つめていた。

「気持ち悪い」

何だかこの先を考えてはいけない気がして、暴言を吐いた口は手を動かさせ、テレビのスイッチを言いようのない不安と怖れに変えた。
喪失で喉が渇いている。

劣った魚のような目でもこんな僕の手を取ってくれたのは、オレンジジュースをくれた彼、唯一だけだったのだ。

光は丸くて、湿った僕を乾かさせるものだ。

僕ら、魚だと思ってた。

───海の底

1/20/2026, 11:45:15 AM