🐥ぴよ丸🐥は、言葉でモザイク遊びをするのが好き。

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093【一筋の光】2022.11.05

金子怜央が目を覚ましたときには、もう朝がきていた。東の窓のカーテンの隙間から、一筋の光が差して、真っ直ぐに、部屋をつっきっていた。朝日だ、とおもった。綺麗だ、とも思った。昨夜の眠りは、明日にはやっと死ぬことができる、との充足に満ちたものであったはずなのに。なのに、今朝の朝日には、生まれてはじめて見るかのようなすがすがしさがあって、いつまでもみていたい、と衝動的に、怜央は願った。
だから、おもわず触れてみた。触れるといっても、相手は光だ。手は光線を素通りして、手のひらは空をつかむはずだった。
「……!」
怜央は目を見張った。手のなかには、しかし、一本の光の筋があった。伝説にいう蓮の糸とはこのことか、と疑うような、見えるか見えないかのごくごく細い、しかし、しなやかで、かつ、凛とした糸だった。
こわごわと、手元に引きよせてみた。糸はするすると怜央の手についてきた。もう片方の手をつかい、さらにたぐりよせてみた。たぐりよせられた糸は、たるんでたわみ、ベッドのうえで光の輪となった。そろりそろりと糸をたぐると、たぐったぶんだけひきよせられ、ベッドのうえに溜まっていった。カーテンの糸が解けているだけではないか、とも疑ったがそうではなかった。眩しさに目をすがめながらじっと見てみたら、光の糸は、カーテンの隙間の真ん中あたりから、部屋のなかへと差し込まれているようだった。
いったいどこまでたぐれるのだろう。怜央は、われしらず、夢中になっていた。たぐってもたぐっても光の糸はつきなかった。たぐればたぐるほど、ベッドのうえの光の束はふえていった。そして、ふときがついた。
なぜにこんなにまでこのまどは明るいのだろう。と。
気になりはじめたら、そわそわは止められなかった。怜央は糸を置き、ベッドから降りて、つかつかと窓に歩みより、勢いよく両手でカーテンを開いた。そして、ぽかんとした。
だって、そこには。
金色の仏様が立っていたのだから。
いや、こういうときのお約束は、異次元の光りを発するUFOとかではないのか。あるいは、天使とかではないのか。万が一でも、かぐや姫がそこにいたりするのがセオリーというものではないのか。
怜央はぽかんとしたまま、昇りたての朝日を背後に受けてふうわりとたたずむ仏様から目をはなせずにいた。
穏やかな眼差し。莞爾とした口元。仏様の独特の手付きを印というのは知っていたが、それがなんと呼ばれる種類であるものかまでは、怜央には知識がなかった。たちのぼる荘厳。ふりそそぐ慈悲。それから。無言の受容。そして。無条件の赦し。
気がついたら、ふた筋の涙の道ができていた。われにかえったときには、仏様も光り輝く糸の山も、痕跡すら残さずに消えていた。
それから……わざわざ自分で自分に手を下して死ぬる理由も。
怜央は、そっと、両手をおのれの首に沿わせてみた。生きていた。あたたかかった。そしてなにより、かけがえがなかった。これを力任せに押しつぶすことなど、怜央にはもはや、できはしなかった。

11/5/2022, 2:06:03 PM