なぎさ

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私は毎日「そこ」に行く。決して近いわけじゃないけれど、私にとってはそのルーティンがとても重要なものなのだ。
「そこ」に行けば、大切な人に会えるから。もう私とは
話せないあなたがいる。
今日も私は「そこ」に行った。お寺の裏にある、どこかひんやりとした空気を纏った「そこ」は、あまり人に好かれている場所ではない。でもとても大切で、必要な場所だ、と私は思う。
なにより、私は「そこ」を気に入っている。どこか人を寄せつけない空気をまとっているのも、ここにいる間だけもう話せない相手と話せるような気になるのも、静かなのも、ぜんぶ気に入っている。
「そこ」に着くと、私は私の大切な人がいつもいる場所に向かう。そっと顔を寄せて、私たちだけの会話を初めた。
「会いたいよ」
「話したい。2人でいたときは、あんなに幸せだったのに」
「いなくなってからの日々がこんなに辛いなんて思ってなかったし、知りたくなかった」
「戻っておいでよ」
ふう、とため息をつく。大切な人が帰った気配がした。
これで今日の会話は終わりだ。ずっと話していたいけど、そういうわけにもいかないだろう。私には分からないけど向こうにも都合があるのだろうし、私だってずっと「そこ」にいるわけにもいかない。
とりあえず帰ろう。
そう思って前を向くと、見覚えのある顔が私を見ていた。先輩だ。
「先輩、どうしたんですか?」
「……今日の会話はもう終わったの?」
「ええ、まぁ、はい。傍から見たら会話ではないでしょうけど」
私としては会話をしているつもりなのだが、周りの人からしたらただの独り言だろう。いや、この場所でそんなことを思う人もあまりいないか。
「私から見たら十分会話よ。ただし───




向こうには聞こえていないけれど」
「……そうですね」
私は先輩から目を逸らし、下を見つめる。足のない半透明の体。この体になってもう何年なのだろう。
突然の不慮の事故とやらで、私は自分の命を失った。毎日私のお墓にきてくれる、私が人間だった頃の恋人は今でも私の大切な人だ。
「それにしてもすごいわねぇ。毎日お墓参りなんて、そうそうできるものじゃないわよ。幽霊が自分のお墓に通うのはそう珍しいことじゃないんだけどねぇ」
「です、ね」
幽霊。先輩の行った言葉が脳内で何度も繰り返される。
幽霊、幽霊、幽霊。自分がそうなってしまったとは信じたくないが、こんな体を見てしまえば受け入れる他なかった。
ため息をついてから、今日の会話(彼からしたらそうではないけれど)を思い出してみる。


「会いたいよ」
『私も会いたい……』
「話したい。2人でいたときは、あんなに幸せだったのに」
『私だって幸せだった。あなたが私の日々を幸せにしてくれたし、これからもそうだと疑ったこともなかった』
「いなくなってからの日々がこんなに辛いなんて思っていなかったし、知りたくなかった」
『私も知りたくなかったよ。置いていってしまった気持ちがこんなに耐え難いものだなんて、想像もしてなかった。関係ないと思ってたんだもの』
「戻っておいでよ」
『戻れたらとっくに戻っている。あなたはあなたの人生を生きていて、いつかこっちに来たらそのときはまた一緒に過ごそうね』

知っていたけれど、彼が私の言葉に反応を示すことはなかった。毎日期待しては落胆する。その繰り返し。
あと何年、これに耐えないといけないのだろう。考えただけで気が遠くなりそうだったけれど、彼はきっと明日もきてくれる。それで私はなんとか平常を保っていられるのだ。
あまりに興奮して嘆くと人に害をなす霊となってしまうという噂を聞いた。本当かは分からないけれど、私は絶対にそうなりたくない。
そのためには、やっぱりあなたが必要なのかもしれないね。
誰にも届かない想いを、私は1人心の引き出しに閉まった。明日にはまた同じような会話をするのだろう。死んでしまった私と大切な人を繋ぐ唯一の場所、この墓地で、私はいつまでもあなたを待っています。

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#また明日

なぎさですこんにちは。勢いで書いたので(いつも)多少変なところはあるかもしれませんが許してください。
不定期投稿です。

5/22/2024, 12:17:45 PM