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夫が突然の交通事故で亡くなってから、私の毎週日曜の朝の日課が変わった。

夫が健在の時は日曜日だけ、2人で早朝散歩に出ていた。そして歩いて30分程の所にある喫茶店でコーヒーとモーニングで休憩して帰る。ただそれだけ。たくさん会話があったわけではない。でも土曜日に夫婦喧嘩しても、どちらもごめんも言ってないのに翌朝の散歩は2人で歩いた。

いろいろなことが落ち着いて、日曜日朝の散歩を再びはじめた時、どうしてもその店に行くのが怖かった。現実を突きつけられることが。

私は散歩ルートを変えることにした。
今までと反対の道に行けば、40分くらい歩くとファーストフードのお店があったっけ、コーヒーもあったはず、そこで休憩でいっか。

ところが20分位歩いたところで小さな喫茶店を見つけた。ちょうど営業中の看板を女の人が出しているところで、私は彼女に声をかけた。
「あの、入っても?」
「おはようございます。どうぞ、いらっしゃいませ」

こじんまりとした店に入るとコーヒーのいい香りが立ち込めていた。
「その奥のソファ席はいかがですか?」
窓際の1ヶ所はテーブルを挟んで一対のソファ席になっていた。勧められるままに、1人掛けの茶色のソファに腰掛けると日当たりの良いその席は、同じく茶色のクッションが太陽の光にあたためられていて少し温かかった。
「朝はまだ冷んやりしますね。メニューはこちらです。モーニングもありますのでよろしければ。」そう言ってにこやかな笑顔で彼女は水を置くと下がっていった。
私が冷えているのかもと考えてこの席を勧めてくれたのだろうか。確かに心も体も冷えていた私には、その気遣いが胸に染みた。

さてさて何にしよう。
私がメニューを真剣に見始めた時、ふいに「俺にも見せてくれよ。」という夫の声が聞こえた気がして顔をあげたけれど、目の前のソファにはただベージュのクッションただあるだけだった。


お題「朝日の温もり」

6/9/2024, 8:08:34 PM