軽い耳鳴り、途端にぐらぐらに果実を煮詰めたような匂いが充満する。ぐちゃぐちゃと混ざった匂いが鼻を掠めると、堪らなくなって一目散に駆け出した。吐き気と欲求がごっちゃになって脳を殴り付ける。水をゆっくりと抜かれていく魚みたいにぱくぱくと浅く呼吸を繰り返す。胃の奥からせりあがってくる。腹の中があつい。気持ち悪い。埃っぽい階段を何段も何段も駆け上がってがちゃっとドアノブを捻る。襲いかかっていたものからの脱出。屋上の白い床にしゃがみこんだ。安堵と恐怖のあまり嗚咽と過呼吸を繰り返す。
ふと周りを見回す。目線の先に、誰か、居る。
その途端、自分を襲っていた心の葛藤が空っぽになっていくような感覚。いつまで経っても埋まらない痛々しい穴を優しく撫で上げられるような心地がする。ゆっくりと自分のなにもない水槽に水を注いでくれる。泣きたくなるような気がした。これは目線の先のあの人から出ている匂いなのか。もっと触れたい、息を吸いたい。
未だおぼつかない足取りで近づく。
レモンミントみたいな爽やかな匂いが身体にひっついていた鉛を剥がしていく。生きづらさが薄まっていく。視界に透明な膜が張る。愛だの恋だのと、そんな生ぬるい身体だけの繋がりでは表せないくらい、恨めしいくらいにそれを必要としていた。
壁の影にしゃがんで、二人だけの空間で、ひたすら嗚咽を噛み殺していた。
古い校舎の屋上の片隅、自分は初めて自分の居場所を見つけた気がした。
4/4/2022, 9:25:55 AM