Echo

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予想外に温度の下がった風に身を縮ませる。
土曜出勤が早く終わったんだ、大人しく早く帰ればよかった。
そう身も蓋も、夢もない事を考えていたのだが、
「いい匂いがする...」
コートの前を懸命に閉じながら、辺りを見回す。

「焼きいも~焼きいも~焼きたてだよぉ」

広場の申し訳程度の階段の下、焼き芋の屋台と極めて相応しいおっちゃんの姿があった。
納得したと同時に、どうにも甘く焦げた匂いに抗いがたくなる。

「すみません。焼き芋一つ」
「お、ありがとね。少し高いけど安納いもでいいかい?ちょっと焦げちゃった奴オマケにつけるからさ」

そそくさと寄っていって、平静を装って注文をすれば、見透かしたようなおっちゃんからそんな交渉が投げ掛けられられる。

「ありがとうございます、じゃあそれで」

値段と焼き上がった現物をちらりと見て、交渉に応じる。
食べ比べが出きると考えれば、そこまで損はないだろう。
「まいど!」
受け取った芋は確かな熱を帯びていて、あつあつと両手でももて余すほどだった。
取り出した芋の皮は、染みだした蜜で光り冷ますように息を吹き掛ける度に光沢を増すような錯覚を覚える。

「あつっ」

ああ、やっぱり少し頑張って上野で降りて良かったかもしれない。
我ながら単純だとは思うが、さっきまで寒さに沈んでいた気分は何だったのだろう。
澄んだ空に木の葉が舞う。

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「ねえ、あれ」
「なに?」
いまいちだった美術鑑賞の後、なんとなく気まずくてお互いに言葉少なく探り合いをしていたのに。
ふと袖を引かれる。
見れば焼き芋の屋台と、その近くのベンチに腰掛け懸命に芋に息を吹きかけるスーツの男が一人。
なんとなく。
本当になんとなく、ふっと力が抜ける。
「食べる?」
「うん!」



お題:秋風

11/14/2023, 11:31:25 AM