家に帰ったら、食卓が物凄く豪華だった件。
そんなラノベのようなタイトルが頭を過ぎる程、視界の先に広がるのは美味しそうな料理ばかりで私の腹もきゅるると泣いた。
「おかえり。手洗っといで」
キッチンから顔を出した彼の表情はいつもより上機嫌な気がする。いつもとは違う彼の様子が気になったものの、私は鞄を一旦部屋に置いて手を洗いに行った。後で聞けば良いのだし。
「それじゃあ、食べようか」
「あ、うん。いただきます」
彼に促されるまま手を合わせて箸を進めたは良いものの、彼の思惑は未だに分からない。
「今日、凄く豪華だね?」と遠回しになにかあったのか聞いてみても、「うん、今日はトクベツだから」とはぐらかされるばかりで、モヤモヤしたままご飯を食べる。
あ、やっぱり嘘。彼が作ってくれるご飯はモヤモヤなんて吹っ飛ぶくらい最高に美味しい。疲労しきった体で家に帰ったら温かいご飯があるって最高。もうほんと彼なしで生きて行けないかもしれない。涙出そう。
「あったかいごはん、おいしい...」
「あは、また泣きそうになってる」
情けない私を見ても仕方ないなあ、と言いながら笑う彼は本当に優しい人だ。
社畜と化した私のせいでデートの頻度が減っても、遅刻しちゃっても、栄養失調で倒れかけても彼は怒らずに心配してくれた。
この今も続いてる同棲は、私が倒れかけた次の日に彼が家に荷物を持って押し掛けて来てくれたから始まったものだ。
「今日も美味しかった、ごちそうさまでした」
「ん、お粗末さまでした」
最後に彼が入れてくれた温かいお茶を啜れば、力が入った肩が抜けるようだった。ああ、本当...
「ずっとこんな日が続けばいいのに...」
ぽつりと呟いた言葉が無音の空間で嫌に響いて、ハッと我に返ると目の前には驚いた表情の彼が居る。
───あ、ダメだ、私何言ってんの。彼を困らせちゃダメなのに。
いつもより弱ってるのかもしれない。視界がぼやけて零れ落ちてしまいそうで、慌てて下を向く。
「あ、あは、ごめん!今のは冗だ」
「嬉しい」
「......へ、」
私の言葉を遮る彼の言葉に思わず間抜けな声が出る。顔を上げると顔を真っ赤にして震える彼。心做しか、目が潤んでいるように見える。
「き、みは凄い人だよ。俺は大学生だけど、きみは社会人になって働いてる。お金の事だって、きみの方が負担も大きい。俺がここに引っ越してくる前のきみは今にでも死にそうで...怖かったのを今でも覚えてる」
「そ、その説はご迷惑を...」
「違う!」
彼が勢いよく立ち上がった事で椅子がガタン!と倒れてしまったが、当の本人は全部無視して私の隣に座り込んで手を握り締めた。
「迷惑だなんて、一度も思った事ない。確かに、あんまりデートが出来なくなって寂しいとか思った時はあったよ。でも、俺は頑張って頑張って、もっと頑張っちゃうきみを知ってる。だからそんなきみの支えになれて凄く嬉しいって思うんだ」
するりと彼の手が離れた自分の手を見て、今度は私が驚く番だった。
「俺はずっとこんな日が続けばいいなって思ってた。きみにとっては冗談でも、俺はずっと本気だったから。...これからもこんな日、続けません、か」
「よろ、こんでぇぇ......」
冗談なんて言おうとしてごめんねぇぇ、と感極まって彼に飛び付いた私の左手の薬指には、涙のようにきらめくシルバーリングが飾られていた。
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1/21/2024, 1:00:01 PM