「行かないでと、願ったのに」
父は、その洞窟に入ってしまった。私は足がすくんで動けない。洞窟からは、知らない言語が聞こえる。まるで、怒鳴り合っているかのようだ。その合間に、父の笑い声が聞こえる。やがて、鬨(とき)の声のような雄叫びが聞こえる。そしてまた怒鳴り声。どうしよう。おとうさん、もどってきて、そう言いたいのに、叫びたいのに、喉がカラカラで、唇を動かすことすらできない。どうしよう、どうしよう。
ふと、私は自分が大粒の涙を流していることに気がついた。でも、鼻をすすることもできなかった。洞窟にいる人たちに私が外で待っていることを気づかれたくなかったから。私は、ここでじっと父が戻って来るのを待つしかないと分かってしまったから。私は立ちすくんだまま、涙と鼻水が流れるに任せながら、じっと洞窟の入り口を睨んでいる。父が出てきたら、こちら側に父の腕を掴んで引っ張れますようにと心の中で熱烈に祈りながら。
11/3/2025, 10:52:46 AM