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「また失敗か」
 魔法陣の上に寝転がる半分解けた不完全な男を見る。砕けた結晶の欠片たちは光を発し、幻想的な雰囲気を作ろうとするが、光らす相手が浅黒い肌ではなんの情緒も生まれない。
 男はこぽぽと空気の抜けるような声で魔法使いを非難する。
 気まずい魔法使いは癖のついた自分の赤毛を大袈裟にわしゃわしゃわしゃとかき混ぜて、大きくため息をつく。
「……努力は認めてくれ」
 男は破裂音だけで、「しゃーなし」と笑った。
 一年成果は出てないが、それでもぽんこつ魔法使いが自分のために尽力してくれているのは分かっている。
「どれ足も働かんだろう」
 魔法使いは部屋の隅に走っていくとまたすぐ台車を持って戻ってくる。
「ほれ乗れるか?」
 流動性の高い男の腕をひっぱって、板の上に残っている体の半分を乗せる。動かせる肢体は自力で折り曲げて、重心をなるべく手押し車のハンドルの根元に寄せる。それが済めば男はなぜか七本に増えてしまった脚のうち動かない最後のひとつを台車に乗せる魔法使いに、こっちは準備が出来たと合図を送る。
「よしよし、ではダイニングへ行こうかの」
 ダイニングには次こそは成功すると思って、魔法使い自ら用意した晩餐が待っている。今回の失敗は男に食欲を無くさせなかったので、男は久しぶりにその好物を食べられる。
 台車を押しながら魔法使いは今日の料理の出来を語る。ハーブがどうだの、良い肉を買っただの楽しげに。
 男がこのようなことになる前は、家事も出来なかった魔法使い。一年前の魔法使いは台車の位置さえ知らなかった。そういうことは男の担う分野だった。
 男は魔法使いのために生きていた。魔法使いの世話をしてやることが、男の存在意義だった。
 部屋を片付けるのも、砕けた魔法結晶を拾うのも、毎日の料理も、荷運びも、主が魔法を極めるために必要でない雑事は全部、男の仕事だ。
 しかしまあ、今の主従の逆転にこの不完全さも面白いのではないかと男は思う。甲斐甲斐しい主人の話を聞きながら、感慨深く使い魔はこぽこぽ相槌をうった。

(不完全なしもべ)

8/31/2023, 8:19:33 PM