つまりアノ時

Open App

霧の海が広がっている森の奥。道筋で不気味に灯る黒い炎を追いかけて早三分。木林が急に終わったと思いきや、がきんと折れている先が尖った黒の柵が目に入る。視線を上に……柵に囲まれた壊れかけの豪邸があった。男はここまで来たからには引き下がることは出来ないと思い、ががが……と音を立てる扉を開けた。そこには仮面をつけた男性と女性がいた。赤い椅子、その間にある茶色のアンティークテーブル。煌めくシャンデリア、庶民には分からない貴族のセンスの写真。ガラス張りの棚にはワイングラス、皿、コップ……男は中と外の違いに目を点にし、家の外に出た。だがさっき見た家の見た目と同じ。男は諦めて中に入り、黙りこくった二人が何か反応を示すまで佇むことにした。男性の仮面は何も描かれていない素朴な白。女性は黒に赤に金と、貴族かと思わせる豪華な仮面。二人は男に気付く素振りもなく、なにかを話し始めた。話を聞くに、女性は目の前に座っている男性に殺されたと言っている。男性は君を守る為だと保身している。その返しに憤怒した女性は靴の先端で男性の頭を殴る。だが男は怯むことはなかった。それに頭から血が流れていなかった。

あのね、私は覚えているのよ。あの時最後に見た光景を!血だらけの私にナイフを突き刺す貴方の姿が!
君は誤解をしていないかい、私は本当に殺してなんざいないんだ。
嘘に決まってるのよ、私がどれほど痛い思いをしたか分かってるの!ねえ、そこの人間もそう思うでしょう!

女性にいきなり呼ばれ、男は返事もせずに家から出ていった。腰が抜けるぐらいの衝撃だったが、なんせ殺人現場の被害者と加害者が喧嘩しているところになんて長居したくなかった。男はあの森に二度と行かないことにしたらしい。
男は最後に呟いた。

───あの二人のすれ違い、いつ終わるんだろうか。

10/19/2023, 10:35:33 AM