犬井原未定

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俺の記憶は一日しか保たない。
それを知ってからは、毎日がさよならの連続だ。
一日の始まりに、メモ書きを見てはその事実を知り、一日をなんとも言えない、悲しいような、重苦しいような、時間を共にする人がいない孤独感のような。そんな気持ちのまま過ごす。
そうして最後には「今日にさよなら」をするのだ。

ところが、その日は違った。
心が弾んだ。
葉の色が鮮やかな緑で、ああ、緑といっても一枚いちまい、色の種類は違うのだろうなぁ、とそんなことを考えた。
心が弾んだ。
口にする水が妙に甘く、これは硬水か軟水か、どこの水で、どんな他との違いがあるのだろうか、やたらとそんなことに関心が湧いた。
踊るように階段を駆け上る。重力なんてあってないようなものだった。弾む、弾む。
いわゆるこれが、恋というやつだと知った。

俺の記憶は一日しか保たない。
だったら、こういうことじゃないか。
俺の恋焦がれるあの人に、俺は毎日新鮮に、また恋ができる。
想いを告げる必要なんかない。恋とは、なんと素晴らしいものだろう。
明日が楽しみだ。ああ、待ち遠しい。
朝起きたらまた新しい恋が始まる。
メモ書きに写真を丁寧に挟み込み、布団にダイブする。
こんな気持ちで眠るのは初めてだった。
それじゃあ。「今日にさよなら」。

2/19/2024, 7:32:15 AM