『ぬるい炭酸と無口な君』
夕方の縁側、ひぐらしの声。
田舎の空気は甘くて、重くて、どこか遠くの記憶みたいだった。
「炭酸、ぬるいね」
そう言って、君は瓶のラムネを俺に差し出した。
ビー玉がカランと鳴って、俺たちは笑った。
夏休み。母の実家。
俺は数年ぶりにこの村に帰ってきた。
ここには電車もコンビニもない。
あるのは、山と畑と、そして君だ。
君は、たしか隣の家の子だったと思う。
昔も一緒に遊んだような気がする。でも思い出せない。
無口で、いつも遠くを見てる君は、昔と変わらない。
「秘密基地、まだあるよ」
そう言われて連れて行かれたのは、竹林の奥の古い祠。
「ここ、幽霊が出るんだって」
「うわ、それ言う?」
「だから誰も来ない。僕らだけの場所」
風鈴のような虫の声が、どこかで鳴っていた。
俺はその夏、毎日のように君とそこへ行った。
ラムネを飲んで、くだらない話をして、ただぼーっと空を見てた。
君は相変わらず無口だったけど、それが心地よかった。
夏の終わり。帰る日の朝。
君は、最後にもう一度秘密基地に行こうと言った。
祠の前で、君はラムネの瓶を渡してきた。
「また来年も、来る?」
「うん、たぶん来ると思う」
「そっか。じゃあ、待ってる」
カラン、とビー玉が鳴った。
──それから1年後。俺はまたこの村に来た。
祠に行って、君を探した。でも、誰もいなかった。
不思議に思って祖母に聞くと、
「ああ、その祠? 昔ね、事故で亡くなった男の子の魂が、そこに戻ってくるって言われててねえ…」
と、何気なく言った。
「その子ね、たしか名前は…」
口にされたその名前は、君のものだった。
ラムネのビー玉が、頭の中で、カランと鳴った。
8/3/2025, 4:41:12 PM