クレハ

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声が枯れたらしい。
なんで?
カスカスの咳をするその人に問いかけたら、言いにくそうに目を逸らされた。
たぶん、風邪とかじゃないと思う。
そういうことを気にするあなたは、風邪気味だと分かったらすぐマスクするしオレに寄り付かなくなる。
寂しいけど、オレの体調を心配してるんだって、嬉しくなるのも本当。

だからマスクもしないでオレの目の前に座ってるのは、ちょっとした異常事態。

「心配させてよ」
―気にしなくていいから

まるで準備してたみたいに差し出されたメモ帳に走り書きされたそれ。
不満ですって顔しながら飛びついたら、やっぱり目を逸らされる。
ぷん、と頬を膨らませて見つめる。

「……」
「……」
「………」
「………」
「…………」
「…………」

顔は逸してるけど、オレのこと気にしてるっぽい。
もう少しで勝てそう。
そんなオレの考えがバレたのか、オレを見る目が不審だ。
別に何かを企んでるわけじゃありませんよ?

「…………ース」
「ん?」
「ケホッ……昨日の夜、中継されてたレース見てた、から」

パチリ。
目を瞬いたら、赤くなった耳が見えた。

「おまえ……出てたろ」
「あー……はい」
「それで、思いっきり叫んじまって」
「…………」
「まさかレース終わってすぐ帰国すると思わなかったんだよ!!げほっ………カフッ」

叫んでしまって喉を痛めたあなたに慌てて飲み物を差し出す。
それを飲んで深呼吸してる姿を見つめて、あれ?と首を傾げる。

「なんでオレが帰ってきたことが関係あるんですか?」
「……おまえの基本ボケボケなのに突然鋭くなるとこ本当にキライ」

それはつまり?
そういう?
もしかして?

「オレが出るレース見ていつも騒いでるの?」

毎回。
声が枯れるまで。
今回は喉が復活する前にオレが帰国したから。
酷使した喉を治しきれなくて。

「……ッ」

真っ赤になったあなたを見て、オレも顔が熱くなってきた。
でも、なんだろう。

「次のレース、見に来てください」
「オレの喉を殺す気か……!?」

それも楽しそうだけど。
口に出したら怒られるから笑うだけにした。
でもね。
あなたが声が枯れるまで応援してくれたら。
テンション落としたオレを叱ってくれたら。
カスカスの声でゴール前にいてくれたら。
なんでも出来る気がするんだ。

お題「声が枯れるまで」

10/22/2023, 8:29:44 AM