「泣かないんですか」
無愛想で投げやりな言葉だった。決して大きな声ではなかったのにぱらぱらと降る雨の中、傘を差していてもはっきりとそれは私の元に届いた。
「泣かないよ」
「なぜ」
責めるような声音だった。目の前の青年は彼の後輩だったと聞いているから今回の私の態度に思うところがあるのだと思った。良い後輩だ。
「彼ね、私が泣いてるところを見るのがすごく苦手だったんだよ」
私が仕事で失敗した時、喧嘩をした時、感動する映画なんかで泣いた時彼は眉を八の字にして大慌てで私のことを慰めるのだ。ハキハキと喋るいつもの姿はなく、狼狽する珍しい姿に私が笑ってその場は収まる。
一人っ子で幼少を大人ばかりの環境で過ごしていたのだと聞いた。だから誰かが泣くとうまく対応できなくて苦手なのだと。
「それに、彼にはとびきりいい思い出だけを持っていて欲しいんだよ」
それは、きっと泣き顔ではないはずだ。彼との思い出は幸せで満たされているべきだと、私は思っている。だから、それで自分が僅かにでも救われるとわかっていても泣くことだけはしないと決めていた。
「すみません、俺___」
「いいえ、貴方みたいな後輩がいてくれて彼も幸せだと思うよ」
喪失感は消えない。しかし、大切な人を思ってくれていた存在がその痛みを和らげてくれる気がした。彼は確かに、ここにいたのだ。
「そろそろ帰ろうか」
はい。応えを確かに聞いて私はその場を後にした。彼の好きだった、小さな公園。
彼の骨は一欠片も残らなかったので。
3/17/2024, 1:38:05 PM