leikenessa

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一人、大好きな作家がいた。

年齢はおろか性別も不詳、
謎に包まれたホラー作家。
人間の心の闇に切り込む独自の感性に、
精神的に不安定だった私はすっかり魅了された。

作家デビュー当時から追いかけていた。
ファンレターを送るほどに心酔して、
公式通販で申し込んだサイン入りの文庫本や
手書きの名刺が、何よりの宝物だった。

私の心の穴を、そっと埋めてくれる存在だった。


一作目との出会いから十年も経っただろうか。
いつの間にか、堂々と顔出しして
取材や講演会を引き受けているのを知った。

神秘のベールに包まれていた
唯一無二の「孤高のホラー作家」は
いまや、子煩悩な育児奮闘記の出版をしていた。
私の中で、神のように崇めていたその人は
当たり前だけど神ではなくて、一人の人間だった。
あたたかく、大切な家族に囲まれていた。


私は勝手に、取り残されたような寂しさを覚えた。



※この投稿はフィクションです

6/15/2023, 6:33:51 PM