薇桜

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 私を助けてくれた人が誰なのかを知りたかった。恐怖体験に記憶があやふやになっているのか名前が思い出せなくて、知ってそうな人に聞いてみても、口止めされているのか、プライバシー保護とか言って何もわからないままだ。
 考え事をしながら歩いていたら、だいぶ山奥に入っていたようだ。あたりは暗くなっていた。
 その瞬間、近くの茂みからグサッグァッドサという音がした。
「な、何…?」
そちらに視線を向けると、そこには槍がピィィンと刺さっていた。
「え…?」
まさか、私、誰かから狙われている?体が震えた。早く森を出ないと。
「何してるの?」
頭上から凛とした声が降ってきた。
「え?」
顔を上げれば、目が合った。
「あ。」
木の上の彼女はそうつぶやいて、私から視線を外した。淡い金髪。私より幼い容姿で、かわいい子だ。
 彼女は木から飛び降りて、茂みに刺さった槍を引っこ抜いた。その槍の先には、赤い液体がついていた。
「何してたの?ぼーっとしちゃだめだよ、ここは大型動物の危険地帯だよ。」
彼女は少し強い語尾で言った。そうして彼女が茂みから引っ張り出したのは、意識のない獣だった。
「…。」
私は言葉が出ない。こんな獣がいたなんて。獣の気配も何も感じなかった。
「あなた、完全にこの獣に狙われていたよ。」
彼女はテキパキと獣をマジックバックに片付けて、槍を水魔法で洗って、獣の血の匂いを風魔法で散らした。
「あ…助けてくれて、ありがとう。」
乾いた喉を震わせて、私はお礼を言う。
「いいえ。もう油断しないでよ?っていうか、ここには来ちゃだめだよ。ランク足りてないでしょ。」
彼女は私の方に振り向いた。流れるような金髪が揺れ、長い前髪の隙間から見えたのは、紫水晶の澄んだ瞳だった。
 ああ、彼女だ。私を恐怖から救ってくれたのは。また助けられてしまった。
 彼女はあの時と同じ澄んだ瞳で私を見つめている。
 強い力を持っているにも関わらず、それを自己の利益でなく人助けのためにしか使ったことのないような。そんな彼女の心をそのまま表す瞳は、綺麗だった。

7/31/2023, 8:17:59 AM