たとえ間違いだったとしても
この町には有名な踊り子がいる。足が長くて顔も綺麗。足先から指先まで美しいものだから、平民だけじゃなく貴族様も気に入ってるらしい。
「こ、ここここんにちはシルベチカ」
「ええ、こんにちはコリウス。今日も見に来てくれたのね」
彼女はシルベチカ。名前通り可憐で美しい女性だ。毎晩ショーがあって、僕はそれを毎日見に来ている。彼女が踊るとどの演目も思わずみんなが魅入ってしまうんだ。流石だよね。それに比べて僕はただの平民で少し離れた所でパンを売っている。シルベチカがパンを食べてくれるからお店も繁盛してるんだ。頼りっぱなしで申し訳ないなぁ
「コリウスは何かしたいことはないの?」
「無いよ。あっても平民でとろい僕じゃ何をやっても失敗するはずだ。このままが一番だよ。シルベチカはなにかしたいの?」
「私は旅に出たい。色々な国の踊りを踊ったり美味しいものを食べたいの。隣にあなたがいてくれたらもっと楽しいわ」
「や、やめてよ。嬉しいけど、君と僕じゃ釣り合わないよ。君はとても綺麗だ。いつか、お貴族様にお嫁さんにしてもらえばきっとどこへでも行けるさ」
彼女はぼくに優しく微笑んだり、時々勘違いしそうになるようなことを言う。こんな僕のことを好きなわけないのに、好きなのは僕の方なのに。僕の言葉を聞いて不貞腐れたような顔をする。そんな表情もかわいいなぁ、なんて言ったら怒られちゃいそうだな。
「あなたは間違いを恐れているのね。生きていて間違えないことは絶対にないわ。たとえ間違っていたとしてもそこからどうするかを考えることが大切なのよ。」
「君は、強いね。僕とは大違いだ。それに比べて……」
「また卑屈になっているのね。あなたのことは好きだけれど、そういうところは好きじゃないわ。直してくれなきゃ嫌いになってしまう。……私はあなたにその名前は合ってないと思うのよ」
それを言ったあとに彼女は別の客のもとへ行ってしまった。また、勘違いさせるような事を言っていたなあ。他の人にもそんなことを言っているのかな。なんだかもやもやしてしまう。
今日はお貴族様がいらっしゃるみたいだ。護衛なのか鎧を着た男が数人いる。その中央にキラキラした人がいるからその人が一番のおえらいさんだろう。彼女の演目が始まる。赤いドレスを身にまとい情熱的なダンスをしている。いつ見ても綺麗な彼女は本当に踊りが好きなのだろう、いつもよりももっといきいきとした表情が輝いている。お貴族様も彼女の演目に前のめりになって見ている。護衛ですら見惚れたみたいだ。
「コリウス、今日も来てくれたのね嬉しいわ。ねえ、今日の私はどうだった?素敵だった?」
「もちろん。いつも綺麗だけど今日は情熱的で素敵だったよ」
「ありがとう!あなたならちゃんと見ていてくれると思っていたわ。本当はもっとお話したいのだけれど貴族様に呼ばれているの。また後で会いましょう」
彼女はまた、お貴族様が待つ別室へと歩いていってしまった。あのね、シルベチカ。僕もね、本当はもっと君と話したいんだ。……なんて、言えたらいいのに。
最近はシルベチカの演目が無くなってしまった。あの日のお貴族様が彼女を買ったみたいだ。良かったね、シルベチカ。これで君のしたいことがきっと叶うはずだよ。でも、どうしてかな。ずっと、心にぽっかり穴が開いたみたいな気持ちなんだ。
「……会いたいよ、シルベチカ」
これが僕の、今のしたいことだよ。
お貴族様がパーティを開くみたいだ。と言っても庶民も参加できる言わば町ぐるみのお祭りのようなものらしい。広場では踊り子の演目が予定されている。そこなら、きっとシルベチカに会える。
パーティ当日。どこも沢山の人で賑わっている。美味しそうな匂いがしたりキラキラな装飾が売られていたりする。あの首飾りはシルベチカに似合いそう。すぐに購入して広場へと向かう。
丁度シルベチカの演目が始まるみたいだ。今日も綺麗だ。だけど、あまり楽しそうじゃない。いつもはあんなにも踊りを楽しんでいたのに。あ、目が合った。その瞬間の彼女の表情が頭から離れなかった。悲しそうな寂しそうな辛そうな顔だった。どうして?君はお貴族様に気に入ってもらえて、うまく行けばどこへでも行けるほどのお金が手に入れられるはずだったのに。
気がつけば演目が終わっていた。沢山の人が彼女を称える。美しく誰もを魅了する踊りだったのは間違いがなかった。僕は彼女が分からなくなった。
結局、首飾りは渡せなかった。彼女の周りにはあの日いたお貴族様といかにも高貴そうな人がたくさんいたから。僕は本当に意気地なしだなあ。辺りは暗くなりつつあり、街灯がつき始めている。帰ろうかな。シルベチカも見れたことだし、もう大丈夫だ。
帰路の途中、聞き慣れた声が悲鳴のように僕に届く。走って見に行くとお貴族の護衛の一人が彼女に迫っていた。彼女の目からは涙がこぼれている。
「か、彼女をはなっ、離してください」
気がつけば彼女から男の人を離し、守るような体勢になっていた。膝が震えて小鹿のようになっている。それでも、守らなきゃ。男の人が殴る構えをする。ぼこぼこにされると覚悟して目をつむる。だが、どれだけ待っても衝撃がこない。目を開けるとお貴族様が護衛の手を強く握っていた。複数の護衛も一緒で男の人は連れて行かれた。
「彼女を守ってくれたこと、感謝する。行くぞ」
彼女を無理やり連れて行こうとする。彼女は青ざめた顔をしている。
「まっ、待って、待ってください。彼女が、嫌がってます」
「彼女は私のものだ。ものが嫌がろうが何をしようが私に従わせるだけのこと。お前は、私のやり方に口出しをするのか」
目だけで人を殺せそうな圧がある。こういうものを殺気というのだろうか。
「い、いいえ。で、でも…」
「まだなにか?」
「なんでも、ありません……」
結局、彼女はお貴族様に連れて行かれた。また何もできなかった。
ある時から店にお客さんが来なくなった。正確には護衛の人達以外は、だ。その人達は店のものを踏みつけたり、お金を払わずに食べ始めたり、僕の家族を怒鳴りつけたりしてきた。やめてと言えば砂袋のように投げられたり、蹴られたりする。僕を含めて家族の皆が心身共に疲弊していとも簡単にお店は潰れてしまった。ある護衛の一人が言っていた。こんなことをしていいと許可してくれたあのお貴族様に感謝しなきゃって。僕への、嫌がらせだ。僕がシルベチカのことで口出ししたから。僕は間違えた。間違ったせいで皆に迷惑をかけた。
幸いにもお父さんとお母さんは知り合いに仕事を紹介してもらえたし、僕も毎日のように通っていた劇場で働かせてもらえることになった。前よりも収入は減ったけど暮らしていけている。
僕はもう、間違えない。シルベチカのことは、忘れてしまおうか。
神様は意地悪だなぁ。どうしてこんなことを僕につきつけるの。ある新聞。お貴族様のお気に入りの踊り子が反逆罪で処刑されると決定された。その写真はシルベチカだ。見間違うはずがない。彼女だった。彼女は逃亡しているらしい。でも、彼女ならきっと大丈夫。シルベチカはとても、強いから。とても…。助けたときの彼女の表情がまた思い出されてしまった。本当に大丈夫だろうか、捕まったら処刑されてしまうのに。
でも、もう間違えたくないんだ。僕はシルベチカも家族も大事なんだ。
夜、誰かが家を訪ねてきた。シルベチカだった。泣き腫らした顔で僕を見つめてきた。途端にまた目から涙があふれていた。
「コリウス、私は、間違えてしまったわ。あなたが、酷い目にあっていると聞いて、カッとなってしまったの。もう、どうしたらいいのか分からないの。ごめんなさい、コリウス、ごめんなさい」
「シルベチカ、泣かないで。僕は一度君を忘れてしまおうとしたんだ。家族を大事にしたくて、僕のせいで家族に迷惑をかけてしまったから。でも、でもね、どうしても君のことが忘れられなかったんだ。君の事が好きだから。家族と同じくらい大切だから。ねえ、逃げようか。たくさんの場所を旅をしよう。君とずっと一緒にいたいんだ」
「コリウ、ス、」
彼女にそっと口づけをする。僕は彼女を必ず守る。それはお貴族様に、この町に背くことになる。でも、それがたとえ皆の言う間違いだったとしても僕は僕の選択を間違えない。大好きな彼女のために。
今は、彼女と家族とともに町からずっと遠い小さな村で暮らしている。村長さんも歓迎してくれて今では彼女は村の人気者だ。これからも、この幸せを絶対に手放したりなんかしない。これが僕の選択。
シルベチカ わたしを忘れないで
コリウス かなわぬ恋 善良な家風
個人的感想 えっ、長っ……最期まで読んでいただきありがとうございます
4/22/2023, 12:43:28 PM