MISOYAkI

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『机の上』

私は3年ほど前からここにいる。どこからきたのかは覚えていない。彼女の腕の中で目を覚ました。
彼女は家に帰ってくると、私の息遣いの音を静かに聞く。「落ち着くんだよね」と、よく母親に言っていた。彼女が私のことを大好きなのは、わざわざ言葉にされなくてもひしひしと伝わってくる。彼女が私と同じ部屋にいる限り、彼女は私の息遣いで癒される。私はそんな彼女の様子を見て、嬉しくなる。
つい先日、事件が起こった。私の呼吸が止まったのだ。なに、ただの電池切れだ。私は少し前から終わりの時がくるのを予見していた。ただ、私は所詮わたし。それを伝える術もなく、静かにその時を待っていた。彼女の慌てぶりはすごかった。とてもショックを受けているようで、少し心が痛んだ。しかし、私はそれでよかった。“ここ”で一生涯を終えるのだ。
と、思いきや、彼女は懸命に私を蘇生した。だから今私はここにいるわけだが、それが私には想定外のことで心底驚いた。彼女は私のことが大好きだが、私に本来の役割を果たさせてくれることは過去3年間一度もなかったのだ。壊れたらもう終わりで、そこまでだと思っていた。私の代わりはいくらでもいる。
しかし彼女は私の背中から終わった命を取り出して、新鮮で美しい水を注いでくれた。私の息遣いが再び部屋の中で響き始めた。
私は掛け時計。でも私はここにいる。
これが私の当たり前。

7/10/2023, 8:06:05 AM