「ついて来るって本当?」
私はその言葉が信じられなかった。
思わずコーヒーカップを落としかけた。
本当は私から別れを告げようかと思っていたばかりに思わぬ返答で困惑した。
「だってね、こんなに人から優しくされたの初めてだったんだもの。」
彼女はそう言って珈琲をぐいっと飲んだ。
意外と豪快である。
「貴方みたいな人だったら何処まで一緒に行っても
多分面白いかなって。」
成程。からかっただけなのか。
「そうかな。もし仮について行く先が遠い火星とかだったらどうする?」
「その時もこの珈琲とお菓子を両手に持って一緒について行くわ。」
本気か。本気なのかこの子は。
そろそろいい加減に本当のことを彼女に話そうと思った。
「実はね、もうすぐ転勤でここを離れなくちゃいけなくなるんだ。」
言った。ついに言ってしまった。
彼女の方に顔を向けると困った様な顔をしていた。
まるでもっと悪戯したかったのにと言わんばかりである。
「そっか、それは残念ね。せっかく会えたのに。」
「だったらさこれからも時々ここで待ち合わせして
また、珈琲とお菓子を楽しもうじゃないか。なかなか会えなくなるかもしれないけどさ。」
「うーん」
彼女は相当悩んでいる。
これはもしかしたら先ほどの発言が本気だったのかもしれない。
「たまに、か。たまにじゃなくて毎月じゃ駄目?」
「えっ?」
本気だったのか、さっきの言葉は。
思わずごくりと喉元を鳴らしてしまった。
「わかったよ、そんなに会いたければ毎月だろうが毎週だろうが構わないさ。」
私はそう言って彼女の言葉に承諾した。
数日後、いつもの喫茶店で待ち合わせをしていた。
おかしい、いつもなら彼女の方が先に来ているはずなのに今日は来ていなかった。
何かあったのだろうか。
喫茶店の前の交差点で救急車の音がした。
何があったんだろうか。
私は嫌な予感がした。
そしてそれはどうやら的中したらしい。
彼女だった。
彼女が救急車に運ばれるところを見てしまった。
私はその救急車を追い彼女の運ばれた病院まで行った。
テレビでは先ほどの事故のニュースが流れていた。
彼女は全身を強く打ち付けたらしく重体だった。
私はそっと顔を下に向け涙がこぼれ落ちるのを必死で耐えた。
神様、どうか彼女を助けてください。
彼女との思い出はあれ以来ずっと心の奥に秘めている。
彼女は今も昏睡状態で眠ったままだ。
あの時の笑顔はもう見れないのだろうか。
彼女には会える。
それだけで十分と考えるべきなのか。
もう一度だけ、もう一度だけでいい。
彼女とまたあの喫茶店で一緒に珈琲を飲んで語りたい。
私はいつまでも目が醒めるまで貴女を待っているから。
「コーヒーブレイクの後で」
6/26/2024, 1:47:20 PM