ぬかづけのかみ

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No.2
「1年間を振り返る」

 「それでは、手術を始めます。」

 男性の低い声が聞こえる。
 私は小さくコクリと頷いた。

 医療ドラマでよくみる、天井の白い光を見つめる。
 右手の指先から驚くほどに冷たい何かを感じた途端、私は一瞬で意識を失った。
 目が覚めると、私は病室に戻っていた。
 明るかったはずの窓の外はすっかり暗くなってカーテンが閉められていた。
 どうやら私は長い間眠りについていたようだ。

 今は何時だろう

 スマートフォンを手に取ろうとした時、私は自分の左肩から指先まで何も感覚がないことに気がつく。

 あまりの感覚のなさに看護師さんに、

 「私の腕はついてますか」

と訳のわからない質問をしてしまった。

「今は麻酔が効いているから、感覚がないだけよ。
 痛みが強くなるかもしれないし、うまく動かせないと思うけど絶対よくなるから。」

 若い女性看護師に励まされて、私はようやく状況を理解した。

 今年の春、私は、自分が学生時代からずっと夢見ていた仕事に就くことができたが、喜ぶのも束の間、業務中に怪我をしたことに気づかず、ある日突然、手に力が入らなくなるほど深刻化させてしまった。

 すぐに手術をすることになった。

 手術が終わってからは絶望の日々の始まりだった。
 
    歯ブラシに歯磨き粉をつけること
    着替えをすること
    シャワーに入ること
    飲み物のキャップを開けること
    ふりかけの袋を開けること

 何もかも自分の力ではできない。
 情けない自分にポタポタと涙が溢れた。
 夜になると信じられないほどの痛みに襲われてなかなか寝付けなかったが、そんな私を救ってくれた存在がいる。
 深夜ラジオだ。
 ヘッドホンをつけてラジオを聞く。
 その日、大物歌手がメインパーソナリティを務めるラジオにゲストとして芸人の奥さんと女性ユーチューバーが出演し、ゆるくも和気藹々な雰囲気に私は元気をもらった。
 みんなで歌って迎えたエンディング、私はもう1人じゃなかった。

 リハビリを続けた数日後、私は歯ブラシに歯磨き粉をつけることができるようになった。
 すごく嬉しくて涙が出た。
 その日から私は、自分ができるようになったことをノートに書き溜めて自分を励ました。

 
 しばらくして私は退院することができた。

 仕事も日常生活も不安だらけだったけど、沢山の人に助けてもらいながら、なんとか生きることができた。

 半年経って、私は今この文章を両手で書いている。
 努力が報われない現実に心を痛めることが多いように感じたが、『当たり前のことができる幸せ』を身に沁みて感じることができた一年だった。

 焦らずゆっくり、自分のペースで来年も頑張ろうと思う。

  

 

 
 
 

12/30/2023, 11:18:43 AM