時折寂しくなると夢を見るのだ。彼と初めて出会った時の記憶が思い起こされる、そんな夢を。
「へぇ、俺は覚えてないけどなぁ」
「お前は長生きだからそりゃね」
夢、というより出会った頃の話をすると決まって彼はそう言う。僕も毎度同じ言葉を彼に投げ掛ける。彼が寄り掛かる小窓の外はすっかり暗くなっていた。夜はあまり好きではないのだが、彼のいっそ気味の悪い程青白い肌は夜によく映える。
昔の話をする事を彼は嫌った。殆どを覚えていないからだ。人でないが故に死ねない彼は長い時を過ごしすぎて過去の思い出など闇に葬り去られてしまったらしい。だけど僕は何度も何度もその話をする。
嫌がらせのつもりではない。覚えていて欲しいだけだ。彼にとって呪いになってしまうだろう事は分かっていても。
季節が巡れば僕は死ぬが、彼は幾度季節が巡っても、季節という概念さえなくなってしまっても死なない。
彼はその間に、僕よりも大切な人を見つけるだろう。彼の事だから僕が死んで数十年は引き摺るだろうが、それも彼の人生の内では些細なものだ。それを咎める気も起きないし、咎めた所でそれは自然の摂理なのだから。
でもせめて欠片でも良いから覚えていて欲しい。記憶の片隅に僕を住まわせて欲しい。それはきっと望み過ぎなんて事はない筈だ。だって僕が彼を大切に思う以上に、彼は僕を大切に思っている。
それを彼に言ったら間違いなく嫌な顔をされた後、口を聞いてくれなくなるけど。
僕は知ってる。彼は置いていかれる事をめっぽう嫌う。
けれど僕は置いていく。記憶で彼を縛り付ける。
彼が何度泣いて叫んでもその道は変わらない。
彼にハッピーエンドを渡せるくらい力があれば良かったと何度も願ったけれど、エンディングは変わらない。僕は死んで彼は生きる。可哀想な彼。可哀想で愛おしくて、大切な彼。
傲慢な僕でごめんね。
呆れ返る程長い時の流れの一瞬を、僕といてくれてありがとう。
#ハッピーエンド
3/30/2023, 8:56:57 AM