【病室】
病室の窓から、見える公園がある。
結構広い公園で、サッカーゴールや砂場、ベンチがいくつかあり、日中は幼い子どもたちとそのママたち、夕方は学校帰りの小学生で割りとにぎやかだ。遊具は去年撤去されてしまったらしく、不自然な空間が空いている。
いつもその公園で遊ぶ子どもたちを眺めることが、サキの毎日の習慣になっていた。
眺めていると、だんだんとそこで繰り広げられる人間模様が、ぼんやりとではあるが分かるようになってくる。
小学校低学年くらいの男の子たちのグループは、たいていいつもサッカーをしている。きちんとチームに分かれて、それぞれ勝つために汗を流していて、なんだか眩しい。不思議と、キーパーを任される子は大柄でぽっちゃり君と相場が決まっている。足の速い子がリーダー的存在になりがちだ。身体の小さい、ちょっと鈍くさい子がミスをすると喧嘩が始まったりするが、それもほんのしばらく経てばまた元通り、一緒に遊んでいる。サキがいる病室まで彼らの大きな声は届くものの、「ごめん」という言葉が聞こえたことはない。たぶん、必要ないのだろう。
少し離れた所にある砂場では、もう少し小さい子どもたちが砂遊びをしている。「そろそろ帰るわよ」と、立ち話をしていたママたちのグループから声が聞こえた。子どもたちは「やだー!」「もう少しー!」と言い返し、ママの方は「ご飯なしになっちゃうよ」と応戦している。ベビーカーを揺らしているママもいるし、大変そうだな、とサキは思った。ママ友の世界はドロドロしていて大変だ、と聞くが、ここから眺めている分にはそうは見えない。そこそこ楽しくやってるんじゃないかと、サキは思う。
ある日、ちょっとした事件が起こった。サッカーをしている少年たちの一人が、熱中症で倒れてしまったのだ。あいにくそのときに限ってママたちの姿はなく、付近に大人の姿は見当たらない。一緒に遊んでいた男の子たちや、近くで遊んでいた同じ年くらいの女の子たちが周りに集まって、心配そうにのぞき込んでるだけだ。これにはさすがにサキも心配になって、ベッドから少し身を乗り出すようにして見ていた。
公園の前の道を見ても、人気がない。時刻はまだ16時前という微妙な時間で、仕事帰りのサラリーマンなども通らないのだ。周りに集まっていた女の子の一人は泣き出す始末だ。どうしよう、と少し逡巡したのち、サキはナースコールを押した。
「藤本さーん、どうされました?」
少しすると、茶色に染めた髪を後ろで縛った看護師さんが、元気よく病室に入ってきた。
「すみません。私じゃなくて…公園で子どもが倒れてしまったみたいで。」
サキは細くて白い指で窓の外を指差す。
「あら。大変!」
看護師さんはそれだけ言うと慌てたように病室を出て行く。
しばらくすると、窓から見える公園の方に、数人の看護師さんが走っていくのが見えた。
(良かった。もう大丈夫そう。)
安心してため息をついたサキは、公園に残った数人の子どもたちと、さっき病室に来た看護師さんが、揃ってこちらを見ていることに気づいた。看護師さんが大きく手を降ると、子どもたちも手を降ってくれた。きっと、「あのお姉さんが教えてくれたんだよ」とか話してくれたんだろう。小さい頃から身体が弱く、あまり外で友達と遊んだことのないサキは少し顔を赤らめて、そっと手を振り返した。
あの日からもずっと、サキは病室の窓から公園を眺めるのを習慣にしている。季節は秋になっていて、子どもたちが熱中症になる心配はなさそうだ。一つ変わったことは、時々、あの日の子どもたちが手を降ってくれることだ。もう14歳になるけれど、初めて「公園のお友達」ができた気分だ。
8/3/2023, 8:00:28 AM