Seaside cafe with cloudy sky

Open App

【待ってて】


⚠⚠BL警告、BL警告。⚠⚠

本文ハ異次元ひすとりーノそふとBLぱろでぃーデアルタメ、各々ヨロシク検討ノ上読マレルコトヲ望ム。尚、当局ハ警告ヲ事前ニ告知シタ故ニ、苦情ハ一切受ケ付ケヌモノトス。以上。⚠⚠ 




カミーユが出て行き二人きりなると、さっきまでにぎやかだった室内には途端に静けさが訪れ、掻き消されていたカナリアの愛らしくさえずる声が耳に戻り、ほっと和む心地にさせた。くつろいだ気分でダントンは低く吐息をつき、飲みかけのお茶へ手をのばす。
「さてと。それじゃあ……」
三分の一ほど残って、冷えてしまったお茶を飲み干しているとき、部屋の主が立ちあがり、ゆっくりとこちらへ近寄りながら話しかけてきた。
「服を脱いでくれ、ジョルジュ」
ぐふっ。
若干量が気管に入り、一瞬息が詰まった。たいしたむせかえりではなかったものの、軽く咳きこんで喉の不愉快さをはらおうとする。
「一息に飲んだからかい?」
ダントンの粗相にささやかな同情で気遣いつつ、ロベスピエールは、座ったままで物言えず喉を調えているダントンの背後へまわり、すっと両手を肩に滑らせた。
「 ───── !」
不意の彼の手の感触に、なぜなのか、心臓が小躍りした。脈絡のつかめない大胆な言葉に続く、さらに大胆な接触。訳がわからない、いきなりなんだよ!?と抗議したくとも、この想定外な展開の衝撃に心乱れてか、うまく口が動いてくれない。ロベスピエールは手を止めることなく、ダントンの肩から上着を落としていく。生々しい衣ずれ。こみ上がってくる何かに堪えられなくなり、勢いよく顔だけ振り向かせ、見開いた双眸で肩越しにロベスピエールを凝視する。尋常ではない雰囲気を察して、ロベスピエールもまたたきして不思議そうにダントンを見つめ返す。
「ジョルジュ、どうしたんだ、さっきから……ああ、悪いが立ってくれないか。このままだと袖が抜けなくて」
ほら早く、と急かすように腕を叩かれ、言われるがまま椅子から立ち上がる。やいなや、素早く腕から袖を引っ張り下ろされ、ダントンの上着はついにロベスピエールが奪い取ってしまった。
「お茶のお代わりを頼んでくるよ。ボタンがつけが終わるまで、なにも無しで待っててもらうのは申し訳無いから」
──── ……ボタンつけ?
突然の、生活感のある言葉にキョトンとする。無言の問いかけにロベスピエールは上着をかざし、前見頃を指差して説明する。
「穴は四つあるのにボタンは一つしかない。理由は明白だろう?君には紳士にふさわしい装いで帰っていただきたいと願う私のお節介を、どうか受け入れてほしい」
そう言い残し、ロベスピエールはダントンの上着を手に持ったまま階下へと部屋を出て行った。一人残されたダントンは、やがてどっかりと椅子に座りなおす。
ボタンつけ……ね。はは……は
冷静になった頭でようやく状況を把握し、力なく片側の肘掛にもたれて苦笑する。なんのことはない、粗忽者の自分が、どこかでなにかの拍子にボタンをなくしてしまい、見苦しいありさまになっていた上着を、それに気付きもせず羽織っていたことが、無駄にあたふたさせられた原因だったのだ。自業自得と言ってもいい。
だが、説明もなく性急な行動におよんで、変な勘違いを起こさせたマクシムも悪い。
苦笑から本当におかしくなって、くすくす笑いながらロベスピエールをなじる。確信犯ならぬ、罪な無意識犯行だな、ありゃあ……いやそれより、服脱げって言われただけで、あれだけどぎまぎする俺が変なのか。まったく、どうなっているんだか……
「一人でも楽しそうだね。私はお邪魔だったかな」
二人分のお茶一式が揃った盆を持って、ロベスピエールが戻ってきた。両手がふさがっているため、ダントンの上着を肩に引っ提げている。
「なんだ?もうつけ終わったのか?」
テーブルへ盆を置き、サーブするロベスピエールの様子を見守りながらふと訊ねる。お茶のお代わりと一緒に、ボタンつけを階下にいるデュプレイ家の女性陣に頼んだものと思っていたので、上着が手元に戻るのはもう少し後だと考えていたのだ。なのにその上着はロベスピエールが引っ提げて戻り、傍らの椅子の背に掛けられてある。
「いや。今から私がその作業にかかる。そのためにお代わりを用意したんだよ」
「君が?」
驚きの声を上げるも、当人はすました面持ちでポットからカップへお茶を注ぎ淹れ、ダントンに差し出す。なかなかの手際だ。
「この時間、夕食の仕度で女性たちは忙しくて、手が空いているものが私しかいないんだ。適当に合うボタンは彼女たちに見繕ってもらって来たから」
自分の分も淹れてようやく給仕を終えるとテーブルから離れ、棚から裁縫箱なるものを手にして戻ったロベスピエールはやっと席についた。
「君の平等精神は偽りのないものだってことがよくわかった」
馴れた手つきで縫い付けていく姿に感心し、控えめな言葉で讃えて微笑んだ。俺なんて、自分でやろうなんて考えたこともなかったぜ、ボタンつけなんて。
「こんなことで少しでも私の株が上がったのなら、儲かったものだな」
針仕事の手もとに顔を向けたまま、ロベスピエールもくちびるだけで微笑んで軽口で返す。そして訪れるおだやかな沈黙。再びカナリアの歌声。階下からほのかに漂ってきた夕食のにおい。平和な雰囲気にひたり、ダントンはお代わりのお茶を静かに傾けて清廉の士の作業を眺める。ロベスピエールは作業に没頭し、ダントンの視線を全く気にすることなく淡々とこなしていく。ときどき思い出したように自分のお茶を飲みながら。やがて最後のボタンがもうすぐつけ終えられようとしている。ダントンは胸の内で、ああ、もっとボタンの多い上着を身につけて来るんだった……と密かに嘆いた。嘆いた直後で、なぜ俺はこんなことで嘆くんだ?と自分に問いかける。
「── 待たせたね。これでもう帰る道すがら、どこへ立ち寄ることになっても、君は紳士として迎えられるはずだ」
針仕事を終え、晴々とした顔でロベスピエールは立ち上がり、ボタンが揃った上着をダントンに披露して見せる。
「ああ……感謝する、マクシム。恩に切るよ」
立派によみがえった上着を見せられても、ダントンはなぜか悄気た体で残念そうにそれを受け取り、見るからに渋々な態度で席を立ち羽織った。
「今日はすっかり長居してしまったな、悪い。お茶をごちそうさん、もう帰るよ」
帽子をかぶり、ロベスピエールの側へ来て帰る挨拶をするが、まるで拗ねたこどものように微妙にそっぽを向いてのべる。
「気にせずまた来てくれたらいい。いつだって歓迎するよ」
客の素っ気なさを気にすることなく応じて、立ったままだったロベスピエールは開けたままの扉へと先導してダントンを送り出す。廊下で握手した手を離したとき、よくわからない痛みがダントンの胸をうずかせた。

帰宅してぼんやりと夕食が出されるまで居間の窓辺にたたずみ、夜の街並みを見るともなしに過ごす。寄り道する気分にはなれず、まっすぐに帰った。片手にはワイン、そしてもう一方の手は、脱ごうとして思いなおし、肩に羽織った上着のボタンをもてあそぶ。どれもしっかり縫い止められており、彼らしい生真面目さが感じられた。
あんな特技があるなんて。知らなかった彼の意外な一面を見せられ、思いが彼とのそのひとときに囚われる。もっと一緒に過ごしたかった。もっと彼に触れて欲しかった。もっとマクシムのことを知りたかった…
会うたびに気になっていく。この気持ちはなんなのか……簡単には判断できない、新しく生まれつつある複雑な感情。

革命の真っ只中。俺のなかでも、世界が変わっていくみたいだ。

ふう、とため息ひとつこぼしてワインをあおる。考えても仕方がない。人間なんて、流されていくまま受け入れていくしかないんだ。
笑みを浮かべて脳内の靄を振りはらうと、ちょうど良い頃合いでガブリエルの呼ぶ声が聞こえた。さて、気持ちを入れ替えて晩めしだ。
羽織っていた上着を脱いで壁の服掛けに吊るす。名残惜しげに一撫でし、引き寄せてボタンの部分へ口づけすると、ダントンは妻の待つ食卓の間へと出て行った。

2/13/2024, 12:16:10 PM