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 あ、と思った時にはもう遅かった。ひらひらと舞う白い翅が止まり木に選んだのは彼の細い指、薄いピンクの爪の上。針のような蝶の脚が彼の手に触れる。
——絵になる光景だった。蝶の羽が指先に止まった瞬間ボロボロと崩れ落ちていったことさえ無視すれば。
「もっといっぱい命があれば、死ななかったのに」
 蝶の残骸を風に流しながら、彼は呟いた。
「蝶の体は小さいからあれが限界なんじゃないか」
「……確かに」
 それならもっと慎重に飛んでほしいよな、と彼が唇を尖らせる。「虫とか動物って本能で危ないものとかわかりそうなのに」
 危険なものだとは思わなかったんだろう、彼の姿を見れば誰だってそう思うはずだ。陽の光を浴びることができない金髪はそれでもきらきらと輝いてまぶしい。青空のように澄んだ瞳も薄く紅色に染まる唇や頬、指先。そのどれもが暗い夜の怪物のイメージと結びつかなかった。彼は天使のようだった。
「……もう少しだけなら、吸ってもいいぞ」
 彼の空っぽの手のひらを掴めば、肌が触れた部分がほのかに温かく、そして見えない生命が自分から彼へと流れていくように感じた。
 あの小さな蝶から吸い取った分よりはるかに多く生気を吸っても自分は平気だった。彼がこちらに手を伸ばし、顔の輪郭をなぞるように頬を撫でる。涙の滲んだ瞳に笑みが浮かんだ。
 君の罪悪感が消えるなら、何度でも君に命を吸われたいと思った。

 

5/10/2023, 12:04:03 PM