筑紫菜月

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海へ


海へ来たものの
海を見たいわけではなかった

長いこと忘れられない
たからもののような思い出が
胸の奥に仕舞ってあり
箱を開くようにして取り出しては眺めるのだった

重ねてきた思い出を見ることでがんばって来た

過去のものだという認識ができないと
いつまでも思い出にはならないものだ

それは恋が終わり
泣いたあとになって
初めて見つけることができるような類のものだった

失恋をしたわけではない
人生が上手くいっていないわけでもなかった

心に淀んたものがたまると
私は海へ行った
その時は気づかなかったが
思い返してみれば
海へ行けばいつも心が洗われるような気分になって帰ることができた

海はいつも心を真っ更にしてくれた

今はもう海へ行く必要はない
昔よりも心おだやかに過ごせるようになった
つらいことが無いわけでもないが
苦しかった思い出も役に立っている

幸せだった時に帰れるとしても
過去に戻りたいとは思わない
過去にもつらいことはあったのだ
それが却って今を善くしているのかもしれなかった

捨てたいものがあるならば海へ行け
泣きたいならば海へ行け
波が繰り返し持ち去ってくれるだろう
もう何もないくらい空っぽになったら
家に帰ろう
心の中の家に







































8/23/2024, 1:06:58 PM