066【ココロオドル】2022.10.10
ひいきの和菓子屋さんから、また新作が出たというので、私はうきうきしながら買いにいった。こんどの新作は、日常の記念日に和菓子をえらぶ人が増えてほしい、という思いでつくったのだそうで、私は店頭でひと目見て、あまりにも可愛らしかったから、おもわず、全種類大人買いしてしまった。
箱のなかで、かたむいたり、はずんだりしないよう、そろりそろりと持ち帰ってきた菓子箱を、ゆっくりとテーブルに置く。蓋には、少女漫画のようにキラキラとしたフォントとレイアウトで、
ココロオドル
とかいてあった。これが、新作のお菓子の名前。和菓子とはおもえないキャッチーさにつられて、ついつい、ココロオドル、と唇だけ動かしてリフレインしてしまう。リフレインするにつれ、私の期待はワクワクと高まっていく。
お茶の用意ができるやいなや、がまんできなくて、蓋を取った。と、そこには、パステル調のカラフルな練切り。一年十二ヶ月、各月を象徴する花の色をまといつけた、十二個のハート形の練切りが、ちょこんちょこんとお行儀よく、箱のなかにならんでいた。
「……かわいい……」
私はおもわず声にだしてしまった。
そっと、誕生月の、六月のハートをつまみあげた。掌にのせた練切りは、梅雨空の下の紫陽花の、青、紫、赤色で、各色がはんなりとグラデーションになっている。ながめているだけで、梅雨時のしっとりとした空気感や、雨にぬれた紫陽花の重たげなようすが、脳裏によみがえってくるようだった。
形をよくみると、トランプのマークのようにきちんとした左右対称にはなっておらず、ハートにはややひねりがかかっていてた。それがいかにも躍動的で、まるでいましも舞い落ちる花びらのようにみえた。
コンパクトながらもずしりとくるあんこの重みを掌で受け止めながら、私はお茶が冷めてしまうこともわすれきって、いつまでもながめいってしまっていた。
10/10/2022, 3:53:37 AM