路地

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瞼を開ける。目に映るのは自室の壁紙ではなく、水面の光が反射した、薄水色か緑色か、そんな色が混じった天井だった。ゆらゆら、ゆらゆらと水面の丸い形が揺れる。まるで海の底。
「うみ、」
海のそこ、と口から零れた言葉は、まぁるい気泡になって天井へと吸い込まれていった。思わず深く息を吐く。全てが空気の泡になってまた登っていった。半袖から覗く腕に、柔らかいものが触れているのに気がつく。産まれたての小鳥のような、しかし形がしっかりとしていないやわいもの。目線だけを動かす。岩にこびり付いた藻が、水の流れと揺れている。右手の指の合間には長い水草が生えている。足の先は沈む泥の感触がする。
ああ、ここは沼の底だ。首元を、己の髪の毛か水草かが掠めていく。小魚が顔の上を通ってゆく。そのまま小魚を追って左へと目をやると、白いものが見える。
沼の底で滅多に見れそうにない白。長細く、細かく散ったそれは、大まかな形だけを残していた。
それの右手は、私の左手に重なっていた。
私はその人になにか言おうとして、気泡だけが口から溢れ出た。閉じて、また開いて。
何か言わなくちゃいけなかったような気がする。目を閉じて考える。水面の光が瞼を透かす。
盆の日の夜だった。


お題 夢が醒める前に

3/20/2023, 12:26:30 PM