NoName

Open App

【蝶よ花よ】


「あのヒト、蝶よ花よと育てられたからね。世が世なら、お姫様なんだよ。それだけが誇りなんだ」
吐き捨てるように言って、自分の声の冷たさに気づいて、慌てて謝る。
「ごめん。こんなこと言われても困るよね」
「いや」
印象は確かに強烈だった。初めて会った時の、黒くて裾の長いものを着て、真っ赤な唇でわらった祖母を思い出す。
「ばーちゃん、ラスボス感、半端ないもんな」
「ラスボスね……その例えは初めてだ」
(ボスって言えないこともないなぁ)
「ははは」と乾いた声で笑い、眉を顰める。
「生きた化石だよ」
祖母と暮らす家は息苦しい。でも母を残して出ては行けない。重い考えに沈みそうになった時、「シーラカンス?」と少し間の抜けた声が耳に入る。
「シーラカンスって……言った?」
聞き間違えたのかと思って繰り返すと、
「あぁ、シーラカンス。生きた化石だろ?」
当たり前のような顔をする。
「なんか……」
泣きそうになって、キョロキョロと視線を彷徨わせる。他に……といってもそれしか思いつかなくて、「ありがとう」を言う。
「あ?」
なぜ礼をされたのか、まるで分かっていない声が返ってくる。
「うん。ラーメン食べに行こう。奢るよ」
「あ? この間行ったばっかだろ」
「いいんだよ。嬉しいから」
「嬉しいと、ラーメンか」
「うん」
今までできなかったことをする。今は、それだけで充分なんだ。

8/9/2023, 2:08:41 AM