神永

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部屋には僕以外誰もいない。
静かな呼吸音だけが、かすかに響いていた。 

酸素マスクの奥で彼女は目を閉じていた。
眠っているようで、眠ってはいない。
時おり、指がわずかに動く。
夢を見ているのか、それとも過去を辿っているのか。

「酸素って、不思議だよね」

かつて彼女がそう言ったことを思い出す。
目に見えないのに確かに必要で。少し足りないだけで、身体はすぐに反応する。
「愛情と似てるかも」なんて、笑っていた。

彼女の隣に腰を下ろし、そっと手を握る。
冷たい。けれど、まだ温もりがある。
モニターの数値は、ぎりぎりのところで彼女を生かしている。
医師はもう希望は薄いと告げた。だが僕は、こうしてここにいる。
彼女が吸い込むわずかな酸素が、いつかまた言葉を紡いでくれると信じて。

息をする。それだけのことが、こんなにも切実だなんて――。


【酸素】

5/15/2025, 9:13:03 AM