テーマ:無色の世界 #157
僕は無色の世界に住んでいた。
生まれつき、
色というものが分からなかった。
みんな白黒に見えているらしい。
色が同じように見えている僕には、
色の名前なんてわからないけど。
だからといって不便だと感じたことはない。
たまにケチャップとマヨネーズを間違えたりするけど。
一番困ったのは学生時代、
美術の授業だった。
色の判別がわからないため、
絵を塗っていてもしっくり来なかった。
しまいにはからかわれたりもする。
「花はこんな色していない」だの、
「変な色の虫」だの……。
でも、何を言われても僕はなんとも思わなかった。
みんなには色が見えていて、僕には見えていない。
ただそれだけのことだから。
「私ね。あなたと一緒で住む世界が無色に見えるの」
働いて一年目のとき、そういった女性がいた。
あぁ、僕だけじゃないんだと思った。
「私は生まれたときは見えていたの。今思うとその当たり前が当たり前じゃなかったんだって、すごく実感しているの」
「色がある世界は今の無色の世界よりずっといい?」
僕は彼女に聞いた。
「勿論、きれいだとは思う。あなたも一度見てみたら世界が変わって見えるわ」
彼女は、働きながら大学院に通う学生だった。
色について研究しているらしく、
いつか無色の世界を変えて見せる!!
そう意気込んでいた。
彼女を見て、僕は素敵だなと思った。
自分と同じ境遇の人でも、
それに対して変化をもたらそうという
努力をしている人もいるんだなぁ、と。
彼女の研究が成功したら、
どれだけの人が救われるんだろう。
「貴方にも、見せてあげる。美しい色彩の世界を」
彼女はそう言って会社を2年で辞めていった。
彼女の研究が成功しますように。
心の中でそっと願った。
それから十数年。
彼女の研究は世界に認められていた。
十数年前、
一緒に働いていたときよりもお互い歳を取っていたが、
彼女の目は僕の無色の世界でも輝いていた。
彼女は有名になった。
でも、時折手紙をくれた。
そして何通か手紙が来たあと、
僕宛に彼女から小包が届いた。
なんだろうと開けてみると、
その中に便箋。
『貴方に美しい色彩の世界を』
短い文が書かれていた。
それは彼女の運営する会社のキャッチコピーだ。
彼女の去り際に言っていた言葉を思い出した。
そして中から一つの眼鏡が出てきた。
彼女が長い研究の末、辿り着いた答えだ。
僕はその眼鏡をかけた。
辺りがキラキラして見えた。
僕の知らない世界がそこには広がっていた。
4/18/2023, 2:08:10 PM