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久々に親の顔を見に、里帰りをした。新幹線に乗って、静かな住宅街を2kmぐらい歩くと「刑部」という表札の家柄見えた。焦茶色の趣深い色の木の板が、年輪と共に渋く輝いている。
「ただいま!」と普段は出さないような少し大きい声を出すと、「はいはい、おかえり。」と、髪がまた一段と白くなってまた身長が縮んだような母が、玄関で迎えてくれる。
「上がるよ。」私はそんな母の出迎えなどお構いなしに、玄関の床を踏み締めて和室へ上がった。
「おぅ、おかえり。」和室では、父が爪を切っていた。
「はい、これ土産。焼酎。好きだろ、2人とも。」
「ありがとう。これがまた美味しいんだよねぇ。」
母は、焼酎の瓶をすぐに受け取って棚へしまった。まるで、リスがどんぐりを埋めるかのようだった。
「おい、辰博。湿布を取ってくれるか?そこの押し入れの中にあるんだが…。」
「あ、ついでに体重計も出してくれない?昨日から探しているんだけど、見つからないの。」
早速、いいように使う。昔からそうだ。親離れする前と、何も変わらない。
俺は無言で押し入れの戸を開けた。親離れしたときと変わらず、埃っぽかった。我が家は、昔から押し入れはそこまで丁寧に掃除をしない。片付けすら真面目にやらないため、押し入れに入れたものは、大体見つからない。俺はその押し入れのことを「刑部ブラックホール」と呼んでいた。
布団、枕カバー、ドライバー、体温計、豆電球。物がごちゃごちゃしていて、湿布や体重計の姿が見えない。探しているうちに、俺は高そうなカステラの箱を見つけた。中身が気になり開けてみたところそれは、俺宛のメッセージが入った俺の寝顔写真だった。
「何々?あっ!それ見つけちゃったんだぁ。」
母が、人の恋愛を揶揄う女子のように言ってくる。
「どれどれ?辰博くんは。この前は公演に来てくれてありがとう。あなたのために、必死に頑張りました。特に、薬売りの演技はあなたのことを思いながら演技してました。私は、今あなたがいるからこそ日常生活を送れます。私の感覚としては、あなたが私を束縛しているかのよう。辰博さん、今後も私をあなたの愛で束縛してくれませんか?一生あなたから逃げられないように、ギュウギュウにきつく縛り付けてください。これが、私にとってこの世で最も美しい束縛です。
あなたの愛の虜 角田さりか。だってぇ!」
父が、読めば読むほどその気色悪い内容に興奮している。聞くだけで、吐き気がしそうだった。そして、俺はその角田さりかが誰なのかを思い出したせいで、目まいがした。角田さりかは、俺が高校時代に俺に付き纏っていた、いわば変人だ。彼女が言うには、俺に昔からの気があったらしい。告白した瞬間に振ったのだが。
「それねぇ、角田さんが私たちに渡して欲しいって一昨日届けられたの。」
ゾクゾクが止まらなかった。しかも、写真の日付は1週間前だ。角田とは高校の卒業式依頼全く会ってもいないし、連絡すら絶ったのに。もはや、ストーカーか?
「そういえば、千佳もそれを見て何か書いていたなぁ。」
父の、その一言で俺は更に怖くなった。千佳は、俺の妹だ。
「なんて書いてあったのかわかる?」
「あぁ、私がこっそりコピーとっておいた。なかなか面白い内容だったけど。」
母がそのコピーの紙を出すと、俺はパッと奪い取りそれを父は読み上げた。
「角田さりかさんへ。ご連絡ありがとうございます。先日の公演、素晴らしかったです。私には、多くの集団の中で輝きを放つあなたしか見ることができませんでした。あなたを見られない時間が、私にとってどれほど苦痛だったのか。それは、量り知れるものではございません。私は、あなたについて思わなかったときは1秒もありません。常に、あなたへの愛で私の心は溢れていました。あなたを私の愛でこれからも、束縛致します。けれど、縛り方は少し粗いようで繊細に致します。縛るのは、私の腕で充分でしょう。あなたが、私の腕に囲まれて、胸の中で頭をうずめて唇と唇が重なる。そして、お互いの身が合わさるときにはもうあなたは縛られるどころか、私の愛で溶けそうになっていることでしょう。いや、溶かしてみせますよ。その代わり、あなたも私を溶かしてください。2人の愛の炎は、いつまでも消えません。焼き尽くして、溶かし続けて、ボロボロになるまで。」
「最高!」
母の反応に突っ込む余裕もなく、俺は気絶してしまいそうだった。
「そこまで伝えようとしてたんだなぁ。角田さんも、千佳も。」
「まずは、俺の気持ちを伝えさせてくれ。」
俺は、顔を青くして死んだように床へ倒れ込んだ。

2/13/2026, 9:44:47 AM