夕暮れになると、決まって、
公園のベンチに一人の男が座っている。
男の齢は七、八十と言ったところ。
彼はズボンからおもむろにオルゴールを取り出した。
しわの多い指で右手に持ったネジを回す。
オルゴールの音色が公園中に響き渡る。
住人は彼のことを気味悪がっていた。
いつも誰かと会話をし、なにか自分だけ音楽が響いているかのように歌を口ずさんでいるからだ。
彼には噂があった。
曰く、男には愛を誓った一人の女がいたらしい。
曰く、その女はピアノがとても上手く、
世界中を飛び回っていたらしい。
曰く、その旅のさなか、事故に遭い、
彼女は命を落としたらしい。
曰く、その事故で女を失ったショックにより、
心神喪失し頭がおかしくなった……らしい。
真偽のほどは定かでない、
ただ一つの真実は。
オルゴールの題名が「君が奏でる音楽」ということだけ。
8/12/2023, 1:35:59 PM