筑紫菜月

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夜の海

その夜の海は暗くおそろしかった
昼間の明るく輝きに満ちた海は精霊の祝福に満ちていたが
その夜の海は荒々しくうねり
まるで生きもののように
そのくせ生きているものを拒むかのように
隙あらば海中へ引きずり込もうとする魔物のようでもあった

私は海を見にゆくのが好きだった

今までに見てきた海はどんなに荒れていても
その夜の海ほどには狂ってはいなかった

美しい夜の海を見たことがあるかい
どんなに言葉を尽くしても語れないほどの美しい夜
その話はまたいつかする事にしよう

変な夜だった
私は海の変化に気づかぬふりで
いつものように海を眺めながらアルコールを飲んでいた
私は海をなだめるかのように夜の海と対峙していた
とうとう友だちが堪えられなくなり
もう帰りたいと言いはじめた
私はもう少し居たいと粘った
睨み続けていれば
いつものようなリズムを刻む
いつものような海に戻ると信じていた

その夜の海は私の足を絡め取るように
繰り返ししつこく這い上がって来た
嵐が来るはずもないのに潮位が異常に高かった

友だちは帰りたがった
その夜の
触手を伸ばし獲物を絡めとるかのように這い上がって来る生き物のような海と
友だちに負け
真夜中を過ぎたころ
私はようやく海を後にした

それ以来
夜の海には行っていない


8/15/2024, 5:21:43 PM