【海へ】
「週末は晴れるかなぁ」
昼間なのに薄暗い窓の外を眺めながら、ひとり言のように呟やいた声は、意外にも響いて、答えが返ってくる。
「多分、晴れる」
「ふうーん。じゃ週末、海、行かない?」
「海……ね」
含みのある声に気づき、すかさず尋ねる。
「なに。海キライ?」
「あんまいい思い出がないんだよ」
「例えば?」
「毎年強制参加型家族行事」
早口言葉のようにコンパクトに答え、眉を顰める。
「は? も、一回言って?」
「毎年強制参加型家族行事」
「ね、ワザと言ってない? マイトシ? サンカ? ギョージ?」
「毎年、海の別荘に、一週間くらい、缶詰に、されるんだ」
吐き捨てるように言ったら負けな気がして、言葉を区切りながらゆっくりと発音する。
「別荘! すごいね!」
「すごくない。いやすごいのか。すごいのは親だ。でも多分想像するような快適さはない」
「ナニソレ。外、出られないの?」
「いや、気持ちが缶詰になるんだよ」
言った声の暗さは誤魔化しようもなかった。
「気持ちが缶詰……」
何やら呟かれたから、短く答える。
「そう」
話すと愚痴めいて長くなりそうで、どうまとめようか考えていると、予想もしていなかった言葉が返ってくる。
「えー、何缶になるの?」
「は? ナニカンって何」
「だって、缶詰になるんでしょ? 中身、気にならない? ツナとか、サバとか、桃缶もいいよね」
「は? うん? いや……例えだから缶詰」
「分かってるよ〜ん。でも気になるから、ツナ缶ね」
ゆるっと言われ、気が抜けた。でも、「イヤな思い出のために、海へ行くのがイヤだ」と駄々をこねるほどでもないと思った。
(普通はイヤなものだったら、大事に取っておくことはないんだろうなぁ)
「分かった。ツナ缶で一週間だ」
「ツナ缶、いいよね。おいしいよね」
今なら、上書きできるかもしれない。
8/24/2023, 8:25:38 AM