sumii

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好きよ
 衝動的に口走る。だって待ってくれなかったのだもの。あたしを置いてあたしの前を歩く彼をこの場に繋ぎ止める言葉がこれ以外に思いつかなかったの。

とどめなく溢れる彼への想いに押し潰されそうになる。あなたはあたしが知らないことばかり知っている。あたしよりも前を早足に歩いているから。その度にあたしにいろんな事をあなたは教えてくれた。
 近所の野良猫のタロウは、煮干し以外じゃないと食べようとしなくてミルクを持っていこうものなら引っ掻くような図々しい猫だとか、となりのおばあちゃんのお孫さんの太郎くんが保育所でおもらしをしなかったとか。

くだらないことも沢山だったけどあなたが教えてくれる全てがあたしの全てだったのよ。
 だけどこればっかりはダメじゃない。いなくなっちゃったら教えられないじゃない。あなたが残していくのはあなたを失うあたしの心の痛みだけで、最後に教えてくれるのが痛みなんて酷いじゃない。
少しずつ命を冷たくしてく彼の手を握る。

「ああ、俺も誰よりも愛してた」

もうすでに過去を生きるあなたを強く、抱きしめた。
 ああ、またあたしを置いて先を行くのね。

 好きよ、愛してる。だから、いかないで。まだ聞きたいことが沢山あるの。
そうね、まずはあなたを思い出す時に、笑って思い出せる方法を教えて。


『愛言葉』

10/26/2023, 2:12:35 PM