【⠀愛を叫ぶ。 】
煙草を肺の奥まで吸い込んで、深い溜息のように吐き出す。
疲れた、と全身で表すように、深く、長く。
そうすれば小動物のような、制服姿の小娘がピクリと身体を揺らした。
「ごめんなさい」
「謝るくらいなら、元ある場所に戻してこい」
「……だって、」
「だっても、クソもあるか。俺はそんな毛玉を自宅に置くつもりは無い」
酷く暴力的な気分になったので、乱暴に言った。
小娘の気分に合わせてやるつもりもない。気にしていたら話が進まないのは目に見えてる。
「……、拓也さんの意地悪」
「意地悪で結構」
「こんなに可愛いのに」
「……可愛い? それが?」
「可愛いでしょ。この子、トイプードルだもん」
「俺には毛玉にしか見えない。さっさと戻してこい」
「けち。もういいいよ」
美緒は毛玉を抱きしめて、睨み付けてくるが全く怖くない。無言で立ち上がって、部屋を出てった。
あいつ、戻してくる気ねぇな。
煙草を加えてさらに深く吸い込む。
どこで拾ったのか。俺の目には犬には見えなかったし、多分犬じゃなかった。美緒の目には犬に見えていたナニかは、得体の知れないものだ。
先程までの暴力的な気分は一瞬で霧散した。
迎えに行かないと。どこかに追いやっていた優しい気持ちが広がる。
短くなった煙草は灰皿に。
近所の学校から子供の帰宅時間を告げるチャイムが鳴った。
つまり、自分が保護してる小娘を迎えに行かなければならない。
行先はどうせ小公園だ。
小さい、滑り台くらいしかない公園。
美緒はそこに捨てられていたから、他に行くあてなんてあいつには無い。
毛玉を抱えた美緒は小公園の隅っこに蹲ってた。
無表情で俺の顔を見た美緒は、また「ごめんなさい」と言った。
「なにが?」
「ごめんなさい」
「理由もなく謝んな」
「……」
「お前が謝る理由はなんだ」
美緒は泣きそうな顔で言う。
「捨てないで」
闇の深い子供だと思う。
親に捨てられて、俺に拾われた。
ずっと愛に飢えている。だから定期的に俺を試す。
「おまえを捨てた記憶はない」
「この子も、」
「それはダメ」
「ケチ」
「分かってて言ってんだろ? それは犬じゃない。なんで拾った?」
得体の知れない生物を撫でる小娘を見下ろす。
「叫んでたから。置いていかないでって」
深いため息が出た。美緒の身体がビクッ と反応したから反射的に「お前のせいじゃねぇよ」と口から出た。
美緒の前に膝まづいて、頭を掴んで無理やり自分の胸に押し付け、頼りない背中をぽんぽんと軽く叩く。
「お前が持ってるのは毛玉だ。生き物じゃない。そんな大事に抱えなくていい」
「……うん」
「その手は俺の背中に回せ。出来るな?」
無言で美緒の手が背中に回る。
毛玉をようやく手放したから、毛玉が黒いモヤになり空気に混じって消えた。寂しいとか悲しいとか、そういう人の負の感情の集合体が形になっていたのだと思う。
消えたのなら、それでいい。
「帰るぞ」
「……はぁい」
少し気の抜けた返事が腕の中からした。
5/12/2024, 1:15:49 AM