# 胸が高鳴る
生まれて初めて、リュックを背負う。たくさんの荷物が詰められて重い。それは、何度も夢想した重みだった。
自室のドアを開ける。廊下を歩く。玄関までの道のりは見慣れたもののはずなのにひどく新鮮で、まるで生まれ変わったかのような心地がした。
玄関には彼がいる。私を試すように見つめてくる。
ここから先は地獄だ。
知っていた。私が世間から疎まれる見た目をしていることも、一歩家から出ればたちまち捕まって牢屋に入れられてしまうことも、それを阻止するためにお母様は私を家から出そうとしなかったことも。それでも、それでも私は外に出たかった。リュックの重みを知りたかった。この手でドアノブを握って、ドアを開けて、広い空を見上げて。ずっとずっと夢見ていた。
それが今、目の前にある。
深呼吸した。息が震えた。生唾を飲み込んで、彼を見る。彼の視線はドアへ向かった。開けろ、と言われたような気がした。
ドアノブへ手を伸ばす。これを捻ったら、私はどうなってしまうのだろう。すぐに捕まってしまうだろうか。彼と逃避行を続ける羽目になるのだろうか。ネガティブな未来が次々と浮かんでは消える。それはお風呂に浮かぶ泡ぶくのように儚くて、この胸の高鳴りに簡単にかき消されてしまった。
ドアを強く押す。冷たい風が吹き込んできて、反射的に目を瞑った。顔に雪が当たる。恐る恐る目を開ければ、真っ白な世界が広がっていた。
抜け出してこっそり遊んだ庭なんかとはとても比べ物にならないほど、広い世界がそこにあった。見渡す限りの雪、羽ばたく鳥、雪しずる枯れ木。
今なら、死んでもいいかも。
そんなくだらないことを呟いたら、彼が苦笑した。
「まだこれからだよ」
これからもっと、綺麗な景色が目の前に現れるのだ。そう考えたら、今までの苦しみなんて軽く吹っ飛んでしまいそうなほど、私は幸福だった。
3/19/2023, 1:28:48 PM