ナナシさん

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元カレのストーリーを見た。
骨ばった右手に繋がれた小さな左手。爪は根元から何処までも広がっていきそうな空色に塗られており、背景の草色とのコントラストが効いている。 親指の隣に配置されたアットマークから、端的な英数字が始まっていた。

私達が決別したのは今から3年程前の事。告げたのは、私からだった。ムードも何も無い近場のファミレス。冷めきったコーンスープの香りを、私は確かに記憶している。

ストーリー上部には遠慮がちに、"2years"の文字が表示されていた。2年記念では無く2yearsと書いているあたりが鼻につく。そういえばこういう人間だったなと、奥底の記憶が僅かに蘇った。
私と別れたのが3年前、それで2年記念というのだから、今の恋人とは私と別れて1年後に付き合ったと言う事になる。今まで上がっていた風景写真のうち、いくつが恋人との物だったのか。それを知る術は存在しない。

照明を落としたこの部屋で、唯一光を放つスマートフォン。私と交際居た時、一度もこのようなストーリーはあがらなかった。かつてSNSにあげられたいかと尋ねられた時に、興味が無いと一蹴してしまったからだろう。当時、それは本音だった。自分たちの日々を第三者に知らせる理由が検討もつかなかったし、そのような投稿をする人間は恋人では無く恋人がいる自分が好きなのだと軽蔑していた。
その時に感じた胸の痛みの理由が、今ではよく分かる。サイズの合わない箱に、物を無理やり押し込めば物は傷つく。成長痛とは対極にある、それでいてどこか似通った痛み。私はそんなありきたりな物に飛びつくミーハーでは無いと自分を騙し、彼からの信頼を得ようとしていた。最も、それが彼に好印象を与えたのかは未だ不明であるが。

彼に未練など無い。当時の彼を当時の私が愛していた。それだけであり、今の私は今の彼を愛せない。
なら、当時の彼を今の私はどう思う?
そう逡巡したが、出た答えはやはり同じだった。もはや平々凡々な男としか、私の目には映らなかった。
それでも、あの頃の感覚は鮮明に蘇ってくる。体中を巡る不快感。何も出来ない訳では無い、けれど出来る限り何もしたくない。頭の奥がほんのり痛み、足先が僅かに重くなる、まるで微熱のような、そんな感覚。別れを告げた時もそうだった。振る側なのだから被害者ぶるなよと必死に自分を鼓舞し偽っていた。

「元カノ親しいに入れんなよ」

熱を帯びたその言葉は、暗闇に溶けて消えていった。

11/29/2023, 5:57:26 AM