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# 泣かないよ

「これ、もう見えないの?」
「うん。全く」
 閉じられた瞼を恐る恐る撫でた。白い睫毛が微かに震えている。医者によれば、彼女の瞳はもう二度と像を結ぶことはないらしい。ただ、顕著な明暗の違いはかろうじてわかるようだった。なら、今僕が瞼を覆っていることも伝わっているのだろうか。
「……痛い?」
「ううん。今はもう」
「ごめん」
「なんで謝るの」
 わかりきったことを訊くなよ。心臓を強く掴まれるような心地がした。
「僕のせいだ」
 僕のせいで、閃光弾を投げられた。人より色素の薄い君には、強すぎる光は網膜を焼くのに。
「誰のせいでもないよ。強いて言うなら、光のせい」
 彼女はいつだって高潔だった。強く、逞しく、朗らかで、清らかで。責任を他者に押し付けるなんて絶対にしない人だった。物事が連なっているのを誰よりも理解していて、そこに明確な発端などないことをわかっていた。本当に、聡明な人なのだ。
「……」
「なんで君が泣くの」
 頬に指が触れた。そうでもしないと、彼女には僕が泣いている事実さえわからないのだと気付いた。気付いて仕舞えば、もう駄目だった。
「……なんで泣かないの」
「だって、私が泣いたら君はもっと泣くじゃん」
 だから泣かないの。彼女はそう言って笑った。

3/17/2023, 1:24:09 PM