薇桜

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 薬草採取のために森に入ったら、獣の縄張りに入っていたようで、草むらからグルル…とうなり声が聞こえる。
「た、助けて、誰か…。」
恐怖でかすれた声しか出ない。身動きも取れない。
 そのとき、木の上からガサ…と葉の擦れる音がした。そちらを見れば、白銀の髪の男がいた。神様が現れたのかと思った。神様は、こう言った。
「あ…バレた?」
どういうつもりでそんなところにいて、そう言っているのかは全くわからないし、どうでも良かった。とにかく今は、獣の音が怖しい。
「助けてくれっ!」
「あー、怯えなくて大丈夫。その動物は、獣のうなり声を出すことで、こちらに寄るなーって言ってるだけだよ。」
彼は木から飛び降りて、草むらに入った。
 すぐに戻ってきた彼はきつね色の毛皮の小動物を抱えていた。彼は腕の中の動物をなでる。
「もともとは大人しい種だよ。」
彼はその動物を地面に下ろした。動物はすぐに草むらに逃げていった。
「…あ、ありがとう、助かった。」
うなり声の正体が、あんな小動物で、あれに怯えていたとは、なんとも情けない。恥ずかしい。
「どういたしまして。それより、ここは本当に危険な森だよ。何してんの?」
「ほ、欲しい薬草があったんだ…。そしたら、獣のうなり声がして…。あんたと目が合ったときは、神様かと思ったぜ。」
「神?僕が?」
彼はキョトンとした。近くで見てみれば、おれより若いかもしれない。透明感のある青い瞳をしていた。その髪と目は、神でもおかしくないだろ、と思うほどの外見だ。
「ああ。いや、思ったっていうか、もうおれの中であんたは神だな。」
「…まぁ、誰を神と崇めようと自由だからな。」
「神様はこの森で何してたんだ?バレた?とか言ってたけど、おれ、見つけない方がよかったか?」
「ああそんなことは全く。僕はこの森で修行してるんだ。僕の神様が、僕に出した試練だよ。さっきまでは、気配を消してバレないように近づくっていう修行してたんだけど、音を立てちゃぁだめだね。ははっ。」
彼は愉快そうに笑った。気配を消すって、どんな修行だ。
「気配なんて消せんのかよ。」
「消せるさ。僕の神様は気配を消して生活してるからな。」
「いや、なんの根拠もないぞ。」
「まぁ、僕の神様は感覚で生きてるからさ。僕も感覚で生きるんだ!」
あほだ。感覚なんて、アバウトすぎるだろ。人によって違うんだし。
 やっぱり彼は神様じゃなかったと思い始めた。でも、小動物に怯えていた情けないおれに何も言わない寛大さは、まさに神のようだと思った。

7/28/2023, 8:50:01 AM