1件のLINE
「電話をしよう」
LINEがきていた。
月曜夜中の22時。
試験の準備で忙しい私に気遣って、
彼はきまって週初めの夜遅くに連絡をくれた。
一月の間の約束を律儀に守って。
待っていた。
1日、2日と数える時間はあまりにも長くて、
もしかしたらもう二度と
君と繋がることはないのかもしれないと
私はきまって週終わりに涙を流した。
それでも月は繰り返し同じところへ戻っていた。
今日、話せたら言おうと思っていたことがある。
詰まることのないように何度も頭で唱えたその言葉。
「好き。」
と、言われた。
何度も頭の中で唱えていた。
言葉は、脳から口へつながるどの神経の途中で
息を切らしたのだろうか。
「私も、」
違う、ちがう、違うよ。
わかっているはずだ、
同じ言葉を吐き続け、月が沈み目を覚まして、
私はあることに気づくんだよ。
彼の戻る場所が太陽にあるということ。
光がさして、私と彼と人々が明瞭な輪郭を取り戻したとき、
私の後ろに落ちる影は彼の影の中にいないこと。
彼の影の外側には別のなめらかな輪郭が見えていた。
夜になると、
影は暗闇にとけてしまう。
だから、見えなかったんだ。
見ないように、口にしないように、
そうしたら本当に見えなくなる気がしたから。
でも、幾度となく訪れる朝に説得されたのだ。
もう、終わりにするべきだと。
誰かの輪郭に住む彼を好きな私と、
その輪郭に住まない私を好きな彼。
もし彼と誰かの輪郭が重なっていなければ、
それは私の好きな彼といえるだろうか。
ときどき住む私の宿が彼のゲストルームなら、
彼の宿は彼女の暖かいリビングか隅々まで清潔に整えられたベッドルームだろうか。
彼女の家に住む彼の宿を借りている。
そこは本当に暖かく静かで穏やかだった。
朝になると入ることのできない、とても素敵な…。
私も誰かの宿になりたい。
誰かもまた私の宿になって。
そういう夢を見続けている。
今夜は夢を見る前に、言わなければ、
「君がいて本当に良かった。
妻には言えないことも何故か君には話せてしまうんだ。」
「ええ、そうですか。それは、よかった。」
「今週も、君と話したいことがたくさんある、
君と話した次の日に娘が…」
口を開いたまま思考が止まっていた。
長い間待ち続けたこの一週より長い、静寂に
全身が包まれて、動くことなどできない。
手の中で光る、画面に並んだ吹き出しは
どれも形を変えていない。
送られた最後の一文は、変わらず淡白に味気なく
要件だけが綴られている。
それなのに今日のこの、7月11日の彼からのLINEは、
私の心に入り込んで、二度と出てはいかない。
彼女のなかに彼が宿り、また彼のなかに誰かが宿る。
私は…、
7/11/2023, 3:01:25 PM