「遠雷」
目の前に座る友人がつぶやいた。
「え、なに?」
聞き返す私に友人が繰り返す。
「遠雷だよ。聞こえない?」
耳を澄ますと、カップやお皿、店内に流れるBGMの外で、微かに雷の音が聞こえる。洗濯物を取り込んできたか、曖昧な記憶を辿る。
友人は、窓の外を眺めて空の様子を探っているようだった。
「てゆうか遠雷って、なんで急にそんな詩人みたいな言い回しになってんの」
「いやなんかさ、こないだ実家でものの整理してたときに学生時代のノート出てきてさ」
「なんの?」
「国語。ほら2年の時の浅野の授業」
黒板に書く字は綺麗なのにペン字となるとなぜか汚くなる、担任でもあった国語教師の顔が脳裏に浮かぶ。
「なつかし」
「よね。でぱらぱらめくってたら、俳句とかの授業だったかのページの隅に遠雷って殴り書きしてあってさ」
「え『遠雷』とだけ?」
「いや、『夏の季語』とも書いてあった。しかも私の字じゃないんだよね」
「えー、謎いね…」
そこから少し学生時代の思い出話をして、雨が降り始める前に私たちは解散した。
うちに帰ると、洗濯物は取り込んでいなかったが雨もまだ降り始めていなかった。
遠雷。積乱雲の中で発生する雷。遠くまで届くその音が泣き声のように感じていた、私たちが出会ったあの夏、私たちは1人だった。
8/23/2025, 4:20:52 PM