ごめんね、おにいさん。少し時間をもらえるかな。
わたしのこと、知らないか?
...ぁ、いや。突然話しかけて、すまなかった。
どうやら人違いだったみたいだ。
ほら、おにいさんの頭のてっぺん、くるりとはねた髪の毛が、どうも知り合いと似ていたもので。
ふふ、それだけで判断しないほうがいい、って?
全くその通りだね。
次はそれ以外のところにも、ちゃんと気を配るよ。
...わたしのことは知らないけれど、雰囲気がよく似た子を知っている?
そうなんだ。
へえ。妹を守る、優しい子だったんだ。
すごいね、わたしはそういうの、うまくできないんだ。
...まあたしかに、わたしはおとなしいほうでは無いね。そうでなければ、見ず知らずの大人に話しかけたりなんてできないよ。まだ中学生なんだよ? これでも。
うん?
...ああ、まあ、そうだね。知り合い、というほどの人では無かったかも。
あんまり、喋ったことも無い人で。
うん、おにいさんみたいな体つきで、くるりとはねた髪の毛が見えたんだ。
...どうしたの、おにいさん。
わたしはあなたがしっている、その子ではないよ。
そうだろう?
どうしたの、おにいさん。
汗をかいているの? 冬なのに。
寒いよね。いつもはお姉ちゃんと家でゆっくりするんだけれど、今はそういう感じじゃなくて。
つい、家を出てきてしまって。
でも、そのおかげでおにいさんに会えた。
ねえ、おにいさん。
わたしのこと、本当にしらない?
わたしのことはしらなくても、わたしとよく似た女の子のこと、おにいさんは知っているよね。
あのとき、家から慌てて出ていくおにいさんの、てっぺんでくるんと丸まった髪の毛。
床に転がっていたわたしは、遠くなっていくそれを見上げることしかできなくて。
お姉ちゃんを、守れなかった。
だから今日、おにいさんに会えて良かったよ。
あの日から毎日毎朝、家を出る前にちゃんと準備をしていたんだ。
でも、今日でお終いにできる。
ごめんね、おにいさん。
5/29/2023, 2:58:22 PM