ななしのみさき

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「綺麗じゃないですか?ここの景色。ここで見る星は何処よりもきれいなんですよ」

 三つ葉寮の寮長である参輪(みわ)ふたばが、自分の寮の自室にあるベランダに俺を通した。『星が綺麗なんだ』と孤立した俺の手を参輪が引いた。参輪の自室は、お世辞にも綺麗とも広いとも言えなかった。必要なものがあったりなかったりと、言いたいことがたくさんある部屋だった。そんな部屋を通りベランダを踏む。ギッと地面がきしむ音がする。
「ほら、綺麗でしょう?どこの夜景よりも」そう言って参輪は俺に笑いかけた。
「星なんて興味はない」そう言うと、参輪は一瞬悲しそうにしたあと「鈴蘭寮の寮長さんは、冷たいですね。」と笑った。申し訳ないとは思わなかった。
「ほら考えて見てください。幾千もの星に、物語があるのです。もしかしたら、他の星にも人がいて、その星の一人一人が物語を持っている。そう思うと、星自体が短編集のようなものに見えてきませんか?」独特な参輪の意見に、少し笑いそうになった。しかし、星は星だ。本には見えない。俺は素直に「見えてこない」と答えた。参輪はまたしばらく考えだした。しばらく見ていると、思い出したように語り始めた。
「うーん。他の星から見たらこの星だって小さくて、ただ見るだけ。もしかしたら見るにも値しない。そんなものだと考えると、実に面白くないですか?」
 俺が返答に困っている隙に、参輪は空を指さした。
「あ、あの星は鈴蘭寮の寮長さんみたいですよ。白くて冷たそうです」俺は参輪が指した方を見て、どこのことを指しているかを探す。しかし見つからない。
「どこだよ︙これか?」適当なものを指さして聞いてみた。
「うーんその星は椿寮の寮長さんですかね。椿寮の寮長さんの背中は大きくて暖かくて優しい感じがするので。ちなみに、その隣のかわいい星は桜寮の寮長さんですかね?」と聞いてもない持論を繰り広げた。俺にはさっぱりわからない。さっき指した星すらも。しかし、この星はしっかりと浮かんだ。
「じゃああの建物の横にある星は参輪だな。」その星は、参輪の様に、弱々しく、すぐに散ってしまいそうな花のようだった。しかし、その弱そうな儚さが、美しかった。
「え、どれですか?」参輪が空を眺め、それっぽいものを探す。
「上から8個目のレンガの横。右側のすぐ。すぐ消えそうな星」俺はその星の明確な場所と見た目を示した。星を探す参輪の横顔に、なぜか吸い込まれた。
「どこですか。︙ていうか、酷くないですか?」急にこっちを向いた参輪と目が合う。一瞬ドキッとした。が、調子を整える。
「酷くねぇだろ。思ったことだし」
「鈴蘭寮の寮長さん、意外とのりいいですね」いたずらにニヤリと笑い、手すりを掴む手に顔を近づけた。
「別によかねぇだろ」
「どうですか?こう語らうのも悪くないんじゃないですか?」
「悪くはないけど、もうしたくはない」そう言って俺は空を見上げた。そこにはいくつもの星が生き生きと輝いていた。
「残念です。でも、星同士を渡るのに、数年かかるそうですよ。あそこにあるキレイな星に届くまで、一体何年かかるのでしょうね。私と鈴蘭寮の寮長さんの星だって、今の私達の距離よりも少ない距離なのに、私の拳一握り分ぐらいなのに、何年もかかる。不思議ですよね」そう言い参輪も星空に釘付けとなった。


いくつもの星を越え、千年経った先でも、こいつとまた出会えたのなら。
そう望まない日はない。

2/3/2023, 6:14:38 PM