詩『夜の海』
大好きな海
大好きな音
大好きな香り
大好きな色
大好きな味
大好きな冷たさ
大好きが詰め込まれた暗い暗い海に向かって
私は走った。
後ろなんて振り返らずに。
ずっとずっと、遠くまで。
これより下のスクロールはご注意くださいーーーーーーー
物語『夜の海』
星空が瞬く海に来ていた。
…波の‘音’が聴きたくて。
悲しそうに彼は私を見つめながら
『どうしたんすか?こんな時間にお一人で浜辺に来て。折角の旅行なのに風邪ひくっすよ?』
手話は敬語なのに不思議とそう言っているように聞こえた。
【波の音を聞こうと思って!旅行の1番の目的だったの。】
声を出せない皆のために、手話で話すようにと約束したから
私も手話を使う。
それなのに彼は泣きそうな顔になって
『そうっすか、それは』
と言った後、手がピタリとまった。
【どうしたの?】
そう聞くと彼は珍しく慌てたように
『なんでもないっす!聴きたいなーと思いまして!』そう言った。
【そうだよね!いつ波の音聞こえてくるかな~?楽しみ!】
『皆にも聞かせてあげたいんで、呼んでくるっす!』
そう言って彼は別荘に走っていった。
(主様……。波の音、聴きたいんすね。とりあえず皆を集めよう)
2階のリビングに集め、事情を話した。
「なるほど、主様が…。」
「うーん、耳が回復することは…………。」
執事一同黙りこくり俯いてしまった。
「あるじさま…まだ記憶は戻ってないんですよね?」
「ああ。戻る可能性も低いだろうね…」
私は、今日確かめたくてここに来た。
本当に皆が声を発せなくなったのか、
それとも本当は私が聞こえなくなったのか。
でも、もう気づいていた。
もう知っていた。
だから私は、‘最期の我儘’でここに来た。
書き置きはベッドの上に置いてきた。
だから私はもうさよなら。
暗い暗い海の底へゆっくりと砂を踏みしめて歩く
海の冷たい感覚はするのに
体が沈んでいくのは見えるのに
潮の香りは分かるのに
時々口に入る波の味は判るのに
波打つ音だけは聴こえてこなかった
聴こえて、欲しかったな。
夜の暗さを映し、星のように光る水面に沈む
自分を見ながら首まで浸かった
それなのに、もう少しなのに足が動かない。
これ以上進むのが怖くて、恐くてどうしようもなかった。
「主様!?」「主様!!」「主様!」
「主様!!」「主様」「あるじさま…!」「主様?!」
「主様?、!」「あるじさま…!!」「主様!」
「主様!」「あるじ様…!!」「あ、あるじ、さま…?」
「あるじさま!!!」「主様!」「主様…!」
ふと首だけで後ろを振り返ると皆が走ってきていた。
このままだとだめだ
そう思ったときやっと足は前へ動き出した
耳が水に浸かってもドプンという音はなくて
なんで聴こえなくなってしまったんだろうと思った
もっともっと彼らの声を聴いていたい。それなのに…!!
「…主様!!止まってくださいっす!!!!!」
「主様!それ以上はだめだ!」
1番親しくしてきた彼らの声が聞こえたような気がした。
でもそれも気のせい。
息が苦しい。前も後も上下左右もわからない。でもコレでいい。
そう思いながらゆっくり目を閉じた。
8/15/2023, 2:34:10 PM