Aria40

Open App

詩『夜の海』

大好きな海

大好きな音

大好きな香り

大好きな色

大好きな味

大好きな冷たさ

大好きが詰め込まれた暗い暗い海に向かって
私は走った。
後ろなんて振り返らずに。
ずっとずっと、遠くまで。












これより下のスクロールはご注意くださいーーーーーーー
















物語『夜の海』

星空が瞬く海に来ていた。
…波の‘音’が聴きたくて。

悲しそうに彼は私を見つめながら
『どうしたんすか?こんな時間にお一人で浜辺に来て。折角の旅行なのに風邪ひくっすよ?』

手話は敬語なのに不思議とそう言っているように聞こえた。

【波の音を聞こうと思って!旅行の1番の目的だったの。】

声を出せない皆のために、手話で話すようにと約束したから
私も手話を使う。

それなのに彼は泣きそうな顔になって
『そうっすか、それは』
と言った後、手がピタリとまった。
【どうしたの?】
そう聞くと彼は珍しく慌てたように
『なんでもないっす!聴きたいなーと思いまして!』そう言った。
【そうだよね!いつ波の音聞こえてくるかな~?楽しみ!】
『皆にも聞かせてあげたいんで、呼んでくるっす!』
そう言って彼は別荘に走っていった。


(主様……。波の音、聴きたいんすね。とりあえず皆を集めよう)

2階のリビングに集め、事情を話した。
「なるほど、主様が…。」
「うーん、耳が回復することは…………。」
執事一同黙りこくり俯いてしまった。
「あるじさま…まだ記憶は戻ってないんですよね?」
「ああ。戻る可能性も低いだろうね…」



私は、今日確かめたくてここに来た。
本当に皆が声を発せなくなったのか、
それとも本当は私が聞こえなくなったのか。

でも、もう気づいていた。
もう知っていた。
だから私は、‘最期の我儘’でここに来た。
書き置きはベッドの上に置いてきた。
だから私はもうさよなら。

暗い暗い海の底へゆっくりと砂を踏みしめて歩く

海の冷たい感覚はするのに

体が沈んでいくのは見えるのに

潮の香りは分かるのに

時々口に入る波の味は判るのに

波打つ音だけは聴こえてこなかった

聴こえて、欲しかったな。
夜の暗さを映し、星のように光る水面に沈む
自分を見ながら首まで浸かった

それなのに、もう少しなのに足が動かない。
これ以上進むのが怖くて、恐くてどうしようもなかった。

「主様!?」「主様!!」「主様!」
「主様!!」「主様」「あるじさま…!」「主様?!」
「主様?、!」「あるじさま…!!」「主様!」
「主様!」「あるじ様…!!」「あ、あるじ、さま…?」
「あるじさま!!!」「主様!」「主様…!」
ふと首だけで後ろを振り返ると皆が走ってきていた。

このままだとだめだ
そう思ったときやっと足は前へ動き出した

耳が水に浸かってもドプンという音はなくて

なんで聴こえなくなってしまったんだろうと思った
もっともっと彼らの声を聴いていたい。それなのに…!!

「…主様!!止まってくださいっす!!!!!」
「主様!それ以上はだめだ!」
1番親しくしてきた彼らの声が聞こえたような気がした。

でもそれも気のせい。

息が苦しい。前も後も上下左右もわからない。でもコレでいい。
そう思いながらゆっくり目を閉じた。

8/15/2023, 2:34:10 PM