#澄浪さんの好きなひと (BL)
Side:Machi Hokazono
「ほーかぞーのくーん!ねぇ、たまには外園くんも一緒にパーッと飲み行こうよ!」
「んえっ、えっと…僕は…」
「外園ぉ〜、お前働きすぎだって!明日休みなんだし羽伸ばそうぜ〜?」
…と、会社の先輩と同期数人に強制連行される形で退社したわけだけど、僕はこのお誘いをキッパリ断れなかったことをものすごく後悔した。
何故なら、連れてこられた場所が…。
「フォオオオオオ!!!!」
「キャアアアアア!!推しが踊ってくれるなんてラッキー!!!!」
…静かなバーならまだ良かったものの、まさかの…ショーバー…!
入口付近にあったちょっとセクシーな看板で、何となく嫌な予感はしていた。
けど…今までクラブに行ったことすらない地味リーマンの僕の初めての夜遊びがこれって、いくら何でも刺激が強すぎる…!
そもそも…これ、客層的に明らかに女性向けな気がする…。
「あ、あの…男の僕がいてホントに大丈夫なんですか?こ、ここって、その…」
「大丈夫だよぉ!ショー自体はゲイの男性と女性向けだけど、ノンケの子もフツーに見に来れるし!」
「え?ゲイ…?ノンケ…?えっ…?」
「まーまーまーまー1回見てみろって!俺もお前みたいにこいつらに連れてこられて見たけどハマったから!」
「ええええええ…」
あ、危ない遊びじゃなかったらいいんだけど…。
…なんて思っていた僕がバカだった。
爆音で流れるBGMで脳をぐわんぐわん揺さぶられ、腰をくねらせてセクシーに踊る男性たちと、それに狂ったように歓声を上げる観客の熱量で…早くもフラフラになりそうだ。
僕は苦手なお酒を飲んでいるふりをして、僕を1人置いてステージに近づいていった先輩たちをぼんやりと眺めていた。
ところが数分後。演目が終わった途端に歓声がさらに大きくなり、僕はこの慣れない状況にさらに縮こまってしまった。
「さぁさぁお待ちかねのチップタ〜イム!Go Go~!!」
「キャアアアアアア!!!!」
…うぅ、このパリピ的なノリと色々な面での刺激の強さ…めちゃくちゃ苦手だ…。
やっぱり僕…断っておけばよかった…。
他のお客さんが推しのダンサーさんとのトークを交えたチップタイムを楽しんでいるのを見て虚無になっていると、誰かがポンポンと僕の肩を優しく叩いた。
「…具合悪いんですか?お水持ってきましょうか?」
「ひいっ!え、あ、あの…うう、すみません…お願いします…」
顔を上げたら隣に綺麗めなコートを着てセクシーなメイクをした男性がいて、僕は変な声をあげてビビり散らかしてしまった。
この格好はもしや…この人もあのステージにいる人たちと同じダンサーさんなのだろうか?
ああ…僕、絶対に場違いな奴だと思われた…。
持ってきてもらった水を飲み干すと、その男性も僕の座っている席の向かい側に座ってオシャレなカクテルを飲み始めた。
「こういうところに遊びに来たのは初めてですか?」
「は、はい…そうなんです。あそこにいる同僚と先輩に飲みに行こうと連れてこられて…」
「私もそうでした。初めてこの世界に足を踏み入れた時…あなたと同じようにこの隅の席で静かに飲みながら、仲間が騒いでいるのを眺めていたんですよ」
「ええっ? な、なんか…意外です。その…お兄さんは僕なんかよりずっと、遊び慣れてるように見えるから…」
「ここには色々な人が来るんですよ。単に欲を満たすために来る人、音楽を聴きに来る人、パフォーマーたちのファッションを見に来る人、ショーを肴にお酒を飲むのを楽しみに来る人…。ここではそのどれもが許されるんです」
「へ、へぇ…」
こういう状況って、どんなことを話すのが正解なんだ…?
僕がまた1人であたふたしていると、お兄さんがウィンクをしてこう言ってきた。
「…ふふ。それと…私のことはお兄さんじゃなくて、ミナミって呼んでください」
「あ、えっと…ミナミ、さん?」
「ここでは皆、私をそう呼んでくれるんです。あ…噂をすれば」
「…?」
ミナミさんの視線の先を追うと、他のお客さんが皆ミナミさんのいる方向を振り返って目を輝かせていた。
…えっ、いきなり何があったんだ…?
「え!えっ!!あそこにいるのミナミくん!!?」
「ミナミくんや!!来てたの!!?」
「ミナミくんんんんん!!」
「…え?あの、ミナミくんって…」
「おっと…ふふっ、こっそり見てたのバレちゃいました。私はこれからメンバーに挨拶しに行ってくるので、楽しんでくださいね」
「あ、は、はい…ありがとうございます…」
僕を助けてくれたミナミさんは、なんとこのショーバーの人気パフォーマーだった!
ミナミさんが客席の間を通り抜けてステージに近づいていくと、さっきまでは薄暗くて見えなかった黒い前下がりボブのヘアスタイルが眩いライトの下であらわになった。
…かっこいいというより、綺麗な人だ。
こういう場では皆が皆パリピで、大騒ぎするのが当たり前で、僕のような遊び慣れていない地味メンは相手にされないのだとばかり思っていたけど、ミナミさんのように優しい人がいて本当に良かったと思った。
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「うはぁーーー楽しかったあああああ!!心が潤った♡」
「佐々木お前チップタイムの時にナオさんの胸筋触りすぎだって!」
「えぇーっ??井田くんだって何だかんだ言いつつタクヤさんのパンツにノリノリでチップ何枚も突っ込んでたじゃん!ソッチに目覚めた??」
「ばっ…!!シーッ!声がデカい!!」
「外園くんもミナミくんにチューでチップ受け取ってもらえてよかったね…って!え!?外園くん生きてる!?」
「外園くーん!?大丈夫!!?」
「は!?外園どうした!!?」
…結局僕はショーのあまりの刺激の強さに脳をトロトロに溶かされたうえに、チップタイムのミナミさんのターンで井田くんに言われるがままに素直にチップを口にくわえたら「ありがとうございます」の囁きとともに…その…。
「…ああああああぁ…」
…ふにっと僕の唇にミナミさんの唇が触れる感触がしてすぐに、僕は童貞丸出しで気絶してしまったのだった。
やはり僕にこんな遊びは向いていない。
来なければよかったという後悔より、今回遊びに行ったメンバーの中で僕だけが遊び慣れていなかったことが恥ずかしくて、穴があったら入って一生出てきたくないという気持ちでいっぱいだ。
…こうして、僕にとってあらゆる意味でハイレベルすぎた夜は更けていった。
【お題:後悔】
◾︎今回のおはなしに出てきた人◾︎
・外園 摩智 (ほかぞの まち) 攻め 25歳 リーマン
・ミナミ/澄浪 伊智瑠 (すみなみ いちる) 受け 31歳 ショーバーのパフォーマー
5/15/2024, 2:34:52 PM