理性

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#だんだん理性が溶けていく話

■素直になれない人の場合


〈理性が溶けるまで:10〉

夜の公園。

静けさの中、彼女はベンチに座り
彼の隣で足をぶらぶらさせている。
彼はスマートフォンをいじりながら
時折彼女の方をちらりと見る。
彼女はその視線に気づいているが、あえて何も言わない。

「ねえ、そんなにスマホばっかり見てたら
目が四角くなるよ?」彼女が笑いながら言う。

「それ、子どもの頃に聞いたやつだろ?」
彼は微笑みながら返す。

「でも、ほんとに四角くなったらどうする?
私、四角い目の人と友達になったことないから
ちょっと興味あるかも。」
彼女は彼をからかうように、わざと真剣な顔を作る。

彼は少しだけ赤くなりながら
「じゃあ、四角くならないように気をつけるよ」
と答える。その言葉に、彼女は満足げに笑う。

彼女は彼の横顔をちらりと見る。
彼が自分に向ける微笑みが、どこか特別に感じる。
でも、彼女はその気持ちを隠すように、また軽口を叩く。

「でもさ、もし四角くなったら、
私が責任取ってあげるよ。
四角い目の人専用のサングラスとか作ってあげるから!」

彼は笑いながら、「それは頼もしいな」と言う。

その夜、彼女は彼の顔を何度も思い出しながら眠りについた。彼の微笑みが、心の中で小さな灯火のように輝いていた。

続く


〈理性が溶けるまで:9〉

日の当たるカフェテラス。

二人はお気に入りの場所を見つけ、並んで座っている。
彼女はストローで飲み物をくるくるとかき混ぜながら
じっと彼の顔を観察している。

「なに、そんなに真剣な顔してるの?」
彼女が突然声を上げる。

「いや、別に。」彼は少し驚いたように顔を上げる。

「そんなこと言って、本当は何か隠してるでしょ?」
彼女は冗談めかして彼を追及する。

「隠してないってば。」
彼は笑いを堪えきれず、微笑む。

その微笑みに、彼女の心が小さく震える。
けれど、彼女はその気持ちを表に出さず
さらに話を続ける。
「まぁいいけどね。
隠し事なら、いつか私が全部暴いてやるから。」

彼は肩をすくめて
「怖いな、それ。」と冗談めかして返す。

彼女は一瞬真顔になり、彼の目をじっと見つめる。
「本当は怖くないくせに。」
その一言に、彼は少しだけ動揺したような表情を
見せるが、すぐにいつもの穏やかな笑みに戻る。

彼女は自分の心が少しずつ溶けていくのを感じた。
けれど、それを隠すためにまた冗談を投げる。
「ほら、飲み物冷めちゃうよ。早く飲んで!」

彼は頷き、ストローに口をつける。
その動作を見つめる彼女の目は
気づかれないようにそっと優しさで満たされている。

その日、カフェテラスを後にした二人は
また次の約束を交わすことになる。
それが彼女にとって
どんなに特別なことかを彼はまだ知らない。

続く


〈理性が溶けるまで:8〉

小さな駅のプラットフォーム。

列車が通り過ぎるたびに、風が二人の間を吹き抜ける。
彼女は立ったまま、少し離れた彼を見ていた。

「なんだか、今日疲れてる?」彼女が笑いながら言う。

「そんなふうに見える?」
彼は片眉を上げながら聞き返す。

「うん、少し。なんかね、いつもより背中が重たそう。」彼女は腕を組んで彼をじっと見つめる。

「それ、ただの気のせいだよ。」
彼は笑いながら肩をすくめる。

「じゃあさ、試してみようか。」
彼女はプラットフォームの端にあるベンチを指さす。
「そこに座って、私が背中を押してあげるよ。
重たいかどうか確認するから。」

彼は少し戸惑った表情を見せるが、
結局彼女の提案に乗る。「じゃあ、やってみるか。」

彼がベンチに座り、彼女がその背中に手を添える。
「おー、思ったより重たいかも?」
彼女が冗談めかして言うと、彼は大笑いする。

「いや、全然力入ってないだろ。」
彼が笑いながら反論する。

「ばれちゃったか!」
彼女はわざと大げさに肩をすくめて見せる。
その仕草に、彼は自然と微笑みを浮かべる。

彼女は彼の背中越しに、その笑顔をじっと見つめる。
そして、その瞬間、自分の心が少しずつ彼に引かれていることをまた自覚する。
でも、それを隠すために、また軽口を叩く。

「まあ、これで証明されたね。
重たくなんかないってことが。」彼女は明るく言い放つ。

彼は頷きながら
「そうだな。ありがと。」とだけ答える。
その言葉が、彼女にとって特別に感じられることに
彼はまだ気づいていない。

続く


〈理性が溶けるまで:7〉

静かな図書館。

二人は隣同士に座り、
机の上に広げた資料に目を落としている。
周囲の静寂が、かえって彼女の心をざわつかせていた。
彼は真剣な表情で本を読み進めているが
彼女は少しも集中できない。

「ねえ、こんなに静かだと逆に緊張しない?」
彼女が小さな声で言う。

「そうか?俺は好きだけど。」
彼は視線を本から離さず答える。

「へえ、意外だね。
もっと賑やかな場所が好きだと思ってた。」
彼女は本当に驚いたような顔をする。

「まあ、たまには静かな場所も悪くないよ。」
彼がさりげなくそう言うと
彼女は心の中でこっそり頷く。この静けさの中で
彼の存在がより特別に感じられることに気付いた。

「でも、もしこの静けさが壊れたらどうする?」
彼女は突然いたずらっぽい笑顔を浮かべる。

「どういうこと?」彼が眉をひそめると
彼女は机の下で足を組み替えながら
「例えば…今、私が突然大声を出したら?」
と冗談めかして言う。

「それは迷惑だな。」
彼は笑いながら彼女を見つめる。
その笑顔に、彼女の胸が一瞬だけ高鳴る。

「冗談だってば。」
彼女は小さく笑い、また本に視線を戻す。
しかし、その視線の先には文字ではなく
彼の表情ばかりが浮かんでいる。

その日、図書館を出た後も
彼女の心には彼の笑顔がしっかりと刻まれていた。
彼女はその気持ちを隠すために
一層明るく振る舞うしかなかった。

続く


〈理性が溶けるまで:6〉

雨上がりの駅前広場。

地面には水たまりがいくつもできていて
光が反射してきらめいている。
彼女は水たまりを避けながら歩き
彼の横にぴったりと並ぶ。

「なんか、今日の空気って特別じゃない?」
彼女は顔を上げて、まだ曇った空を見上げる。

「雨の後だからかな。」彼が何気なく答える。

「そうかもね。でも、こんな日って
なんだか心がスッキリする感じがする。」
彼女は自分の気持ちを整理するように言う。

彼は少しだけ考え込んだ後
「そんな風に思えるの、いいことだよ。」
と静かに答える。

彼女はその言葉に驚きながらも
それを隠すために笑顔を作る。
「そっか、じゃあ、もっとスッキリさせるために
走ってみようか?」

「走る?」彼は怪訝そうな顔をする。

「うん!雨上がりの空気をもっと感じるために。」
彼女はそう言って、突然走り出す。
彼は仕方なく彼女を追いかける。

二人は水たまりを跳び越えたり
軽く足を濡らしたりしながら走り回る。
その中で、彼女はふと振り返ると彼の笑顔を見つける。
それはいつもの穏やかな笑顔とは少し違い
無邪気で心が温まるようなものだった。

「ほら、ちゃんと楽しんでるじゃん!」
彼女が笑いながら言うと、彼は軽く肩をすくめる。

「まあ、悪くないかもな。」彼は息を整えながら言う。

その一瞬、彼女は彼といることの特別さを再び感じる。
でも、それを隠すためにまた軽口を叩く。
「次はもっと速く走るから、覚悟してよ!」

彼は笑いながら「それは勘弁してほしいな。」と答える。

その日の帰り道、彼女は雨の後の空気だけでなく
彼との時間にも心が浄化されるような感覚を覚えていた。

続く


〈理性が溶けるまで:5〉

砂浜に続く静かな海辺。

夕焼けが空を赤く染め、波の音だけが耳に届く。
二人は砂浜をゆっくりと歩きながら
足元に広がる波を感じていた。

「夕焼けってさ、なんか不思議な力があるよね。」
彼女は遠くの空を見つめながら言う。

「どんな力?」彼が歩きながら問い返す。

「うーん、なんだろう。
少しだけ過去を振り返りたくなる感じ?
でも同時に、明日が楽しみになる感じ。」
彼女は曖昧な言葉を選びながら
自分の感情を表現しようとする。

彼は静かに頷き
「そういうの、わかる気がする。」と答える。

しばらくの間、二人は言葉を交わさず
ただ波打ち際を歩き続ける。
彼女は彼の横顔を見るたびに
心が少しずつ満たされていくのを感じる。
そして、その満たされた気持ちを隠すように
また軽く笑い声を上げる。

「ほら、波に飲まれないようにね。
靴が濡れたら笑っちゃうよ。」
彼女は彼の足元を指さしながら言う。

「気をつけるよ。」彼は穏やかに笑う。

そのとき、突然大きな波が押し寄せてきて
二人の靴を濡らした。彼女は驚きと同時に思わず笑い出す。「あはは、言ったそばからこれだよ!」

彼も笑いながら、「もう遅かったな。」と言う。

その瞬間、夕焼けの色と彼の笑顔が
彼女の心に深く刻まれる。彼女はその感情を抱えながら
少しずつ自分が彼に引かれていることを認め始める。

続く


〈理性が溶けるまで:4〉

静かな夜空に花火が咲き乱れる夏祭りの丘の上。

二人は人混みを避けて
少し離れた場所に並んで座っていた。
彼女は薄暗い空に咲く花火を見上げながら
心に浮かぶ感情を静かに整理していた。

「ねえ、花火って儚いよね。」彼女はふいに呟いた。

「すぐに消えちゃうから?」彼が問い返す。

「そう。でも、その短さが美しいって思えるんだよね。
まるで…大事な瞬間みたいに。」
彼女は少し照れくさそうに言葉を続ける。

彼は一瞬驚いたように彼女を見たが
優しい笑みを浮かべて
「確かに、そうかもな。」と頷いた。

彼女はその反応に内心ほっとしながらも
どこか少し物足りなさを感じた。
彼にもっと自分の気持ちを伝えたい。
でも、どうしても素直になり切れない自分がいる。

「それにしても、花火って見てると心が洗われるよね。」彼女は話題を少し変えようとして笑った。

「うん。こうやってのんびり見るのも悪くない。」
彼は空を見上げながら答える。

その横顔をじっと見つめる彼女は
自分の中で彼に対する想いが少しずつ大きくなっていることを強く感じていた。けれど、その感情を彼に伝えるにはまだ勇気が足りなかった。

彼女は深呼吸をし、何気ないふりを装って言った。
「来年もまた一緒に花火見たいな、なんてね。」

彼は一瞬考えるように空を見上げ
そして「いいな、それ。」と笑顔で答える。

彼のその笑みが
彼女の中の迷いをほんの少しだけ溶かした。
夜空に咲く花火とともに
彼女の心の壁も少しずつ崩れていくのを感じていた。

続く


〈理性が溶けるまで:3〉

風が少し冷たくなってきた秋の夕暮れ。

二人は公園のベンチに座り
落ち葉が舞い散る景色を静かに眺めていた。
彼女は手元のコーヒーカップを握りしめながら
隣の彼の顔をちらりと見た。

「ねえ、この時間ってなんか特別だよね。」
彼女がぽつりと呟く。

「特別って?」
彼はコーヒーを飲みながら彼女の方を向いた。

「なんていうか…日が沈むまでのほんの短い間だけど
全部がゆっくり動いてるみたいで。」
彼女は少し考え込むように言葉を選んだ。

彼は黙って頷きながら、また遠くを見つめる。
その横顔に、彼女は思わず目を留めてしまう。
心の中で、「もう隠しきれないかもしれない」
と少しだけ思う。

「でもさ、こんな時間を一緒に過ごせる人がいるって
いいなって思うよ。」
彼女は一瞬迷った後、意を決して付け加えた。

彼は少し驚いたように目を見開き
「そう思うのはいいことだな。」と静かに答える。
その声は、どこか彼女の心を優しく包み込むようだった。

「なんか…正直すぎたかな?」
彼女は苦笑いを浮かべながら
自分の大胆さに少し戸惑う。

「いや、むしろそういうの、悪くないと思うよ。」
彼は笑顔を浮かべた。
その笑顔を見た彼女の胸が、再び温かくなった。

落ち葉が風に吹かれて舞い上がる中
彼女は少しずつ自分の気持ちに正直でいることに
慣れ始めていた。

続く


〈理性が溶けるまで:2〉

冬の澄んだ空気が広がる街の広場。

クリスマスのイルミネーションが輝き
二人は広場の真ん中に立っていた。
彼女は手袋をした手を組みながら
時折彼の方を見つめている。

「寒いね。でも、このイルミネーションって
本当に綺麗。」彼女は微笑みながら言う。

「そうだな。こういうのを見ると
少し心が暖かくなる気がする。」彼が静かに答える。

彼女はその言葉に少し勇気をもらい
「一緒にこういうのを見るのって、いいね。」
と自然に口にする。
これまでよりもさらに正直な気持ちを
言葉に乗せた自分に少し驚いた。

彼は驚いたように彼女を見たが
すぐに笑顔で「俺もそう思うよ。」と応えた。
その笑みが彼女の胸を温かくした。

「でもさ、こんなに綺麗だと
写真で全部収めたくなるね。」
彼女は自分の照れを隠すように
スマートフォンを取り出す。

彼が少し笑いながら
「思い出って写真だけじゃ収めきれないだろ。」
と軽く言った。

その言葉が彼女の胸の奥深くに響く。
彼と過ごしているこの瞬間が
写真では収めきれない特別なものであることを
改めて感じた。

彼女はふと、これ以上隠し続けるのは
難しいかもしれないと思った。
でも、まだ少しだけ、理性が彼女を支えている。

街の広場でイルミネーションの光に包まれながら
彼女の心はさらに彼に近づいていた。

続く


〈理性が溶けるまで:1〉

静かな夜、雪がちらちらと降り積もる街角。

二人はイルミネーションが灯る大きなクリスマスツリーの下に立っていた。
周囲は静まり返り、時折雪が舞う音だけが聞こえてくる。

彼女はしばらく何も言えず
ただ彼の隣で立ち尽くしていた。
しかし、心の中は嵐のように彼への想いで溢れていた。
もう抑えることはできないと分かっていた。

「ねえ。」彼女が小さな声で呼びかける。

「ん?」彼が振り返り、優しく彼女の目を見つめる。

その視線を受けた瞬間、彼女は決意した。
もう理性の壁に頼ることなく
心の奥底から湧き出る感情をそのまま伝えるべきだと。

「ずっと言いたかったことがあるの。」
彼女の声は震えていたが
それでも目をそらさずに言葉を続けた。

「私は…あなたのことが好き。ずっと。」

彼はしばらくの間、驚いたように彼女を見つめていた。
しかし、次第に微笑みが彼の顔に広がり
彼は静かに口を開いた。

「俺も、同じ気持ちだよ。」

その言葉に、彼女の瞳から自然と涙がこぼれた。でもそれは悲しみの涙ではなく、心からの喜びの涙だった。

雪がさらに降り積もる中
二人はお互いの気持ちを確かめ合う。
そして、周りの世界が消え去ったかのように
ただお互いの存在だけを感じていた。

その夜、彼女は理性という名の壁が完全に溶け
自分自身に素直になれたことを深く実感した。
そして、その決断がどれだけ幸せな瞬間を生み出し
彼女の人生に新たな光をもたらすのかを
心の底から実感する夜となった。

終わり

3/19/2025, 1:04:40 PM