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子供の頃は


ちいさい頃はすぐそばに『神様』がいて
たくさんの神様や仏様に護られている感謝を忘れてはいけない。たとえ目に見えないとしても。
その教えに疑問を持つ事がなかったんじゃないかな。 

学校の帰り道で。
法事の帰りに檀家の家の子供である僕と遭遇したお坊さんはそう言った。

去年亡くなったおばあちゃんもよくよく同じ事を言っていた。『神様はそこらじゅうにいて、みんなを守ってくれている。悪い事をしたらダメだよ。ちゃんも見ている。守ってくれている神様をがっかりさせない人で在りなさい』

口が酸っぱくなるとか、耳にタコが出来るってこういう事でしょう?今でもすぐに思い出せる。そういうとお坊さんはニコニコとわらった。

『おばあちゃんに護られているねぇ』
ランドセルの重みにフラフラしながらお坊さんを見上げると、僕を見つめるお坊さんの目はどこか優しくて暖かい。おばちゃんもこんな目で僕の話を聞いてくれていた。
このランドセルもいつか重たくなくなる日が来る、なんて言っていたっけ。

『そうかな。』
『神様なんて居るのかなぁ』
夕暮れ時の茜色に染まる空を眺めながら、 
聞こえないくらいの声で言ったはずの呟きをお坊さんは聞き落とさない。聞き流してくれたら良いのにお坊さんはどうにも興味を持ったみたいだった。

『どうして?』
『え?』
『どうして、そう思うんだい?』

怒るわけでもなく悲しむわけでも無い。
優しい目をしたお坊さんは僕に問いかけた。
おばあちゃんを思い出させる、優しい目で。


『だって大人はすぐ嘘をつくでしょう?』

神様が居たなら僕は逆立ちだって出来た。
友達とも喧嘩なんてしなくてよかった。
苦手なピーマンだって食べたし、勉強も留守番も頑張った。良い子にしてても何もしてくれなかった。
どんなに良い子にしてても、
どんなにお願いしても、
おばあちゃんを連れて行ってしまったのだ。

神様がいたなら、見ていていたなら
僕の願いはなんで一つも叶わないの。

重たいランドセルを握るとおばあちゃんの声がする。
嘘つき。
いつになったら軽くなるの。
ずっとずっと重たいままで、軽くなる気が少しもしない。

黙りこくってしまった僕の頭にポンポンと手が置かれる。頭を撫でられるとすこし恥ずかしかった。
ちょっと泣いていることがバレないようにぐいっと涙を拭く僕を見て、お坊さんは言う。

『そうだね、大人は嘘つきだ。嘘をついてでも守らないといけないものがたくさんありすぎて、時折、嘘に飲み込まれてしまう。』

『嘘がいけないのはね、嘘で守ろうとしたものがあるのに嘘で壊してしまうからなんだよ。守ろうとしたものを、嘘が壊してしまうんだ。』

『子供は嘘がない。嘘がないと言う事は守るものがないから出来るんだ。守られていれば良い、だから嘘ではなく真実が見える。』

お坊さんの手は頭を撫でることを止めてこちらに伸ばされた。伸ばされた手を握り返す。
夕暮れの道を、僕たちは手を繋いで歩く。

『もしも嘘に自分を忘れてしまった大人がいたら教えてあげておくれ。仏様が見てるよ、って。仏様は魔法使いじゃないから願い事を叶えてくれないかもしれない。
それでもちゃんとそこに居て、目には見えないけどそこに居る。その存在を信じる事で支えられるんだ、心を。
目に見えなくても、信じる。きっとそばで見てる。
ずっと君の心にも宿っている。』


『心に?』
胸に手を当てて問い返す。
『そう。』
心の一番深いところ、そこにずっとある。
そう言って笑う。それをきっとみんな神様や仏様と呼ぶんだよ、と。


『それも、何かを守る為の大人のつく嘘?』
『どう思う?』

うーんと、少し考える。
目の前には沈みかけた夕陽。
夕焼けはもうすぐ夕闇に変わるだろう。

暗くなっていく街にはポツポツと電灯が灯されて、家々の明かりが道を照らす。

『僕は』
 僕は

『本当だといいなって』
優しい嘘でも良いけれど、
見えなくても良いけれど、
そばに居てくれたら良いなと思う。

そう言ったらお坊さんは嬉しそうに笑った。







梅雨が明けて陽射しが厳しくなってきた。
あっという間に7月なって、もうすぐお盆がやってくる。


あの日と比べてちょっとだけ背が伸びて、ちょっとだけ大きくなった。

雲一つない青空に両手を広げて、僕は大空に向かって『ランドセル、少し軽くなったんだ』って伝えたい。

おばあちゃん、少しランドセルが軽くなったよ。
本当だったねって伝えたい。
これからもっともっと軽くなる。

きっと目に見えなくても、会えなくても、
ずっとそばに居てくれる筈だから。







※長すぎて着地点を見失った

6/24/2024, 10:05:25 AM