―夢が醒める前に―
何もない静かな空間に男が独り立っている。
彼は雄弁に語り出した。彼の話は嘘のようにも真実のようにも聞こえた。
そこには彼以外居ないのに、さも誰かに話すようにゆっくり喋ったり早口になったりしながら、表情をコロコロ変えながら語り続けた。
静かな世界に彼の声だけが響いた。
しかし、ある瞬間静かな世界は一変する。
激しい音楽が流れ、彼は狂ったように踊り出した。
狂っているのに美しく、美しいのに切なくなる。
また静寂が訪れた。
彼はまた語り出した。
最初とは違い、今度は悲痛な面持ちで、泣いているかのような声で……。
彼の魂が叫んでいるのだ。
彼の愛した世界が壊れた事を嘆いているのだ。
彼の紡ぐ言葉は、誰に聞かれる事もなく宙をさ迷い消えていく。
それでも彼は語り続ける。
語り続ける事が彼をこの世界に繋ぎ止める唯一の方法なのかもしれない。
世界は暗転した。
彼の世界が目の前から消え、辺りから盛大な拍手が巻き起こり、私も連れて拍手をする。
素晴らしい舞台を観れた事に感謝を込めて。
それは夢のような時間だった。
3/21/2023, 4:36:25 AM