クレハ

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「    」

なにかが聞こえた気がした。
なんだったんだろう?
幻聴なんて聞こえてしまうような性格じゃないのは、自分が一番理解している。

それは、確かにそこにあったものだ。
それは、確かに存在していたものだ。
それは、確かに。

「なんだっけ」

きっと。
思い出せないのはどうでもいいからだ。

身をよじって起き上がる。
今日も今日とて変わらず日は進む。
終わりに向かって進む哀れな生き物を救うのが俺の仕事。
別にそれが嫌だとは思わない。
けれどなんだろう。
今、とても。

「    」

こぼれ出たのは、赤ん坊をやや子を寝かしつける旋律。
ふと目を向けた先には、季節の花を咲かせる庭。
花が育つには日光が必要だと、誰かが言っていた。
やわらかな光が射し込む庭のそばには水を汲む井戸がある。
誰かがそこにいた、気がするんだ。

「ねえ」

名前を忘れてしまった人。
君は花のような人だった。

いい匂いがした。
笑顔が愛らしかった。
美しい声を持っていた。
そして哀れなほどに儚かった。

日光が必要だった花のような君。
君が夜闇で生きられたなら、まだここにいたのかな。

そうやって、詮無いことを考える。
やわらかな光の届かない影の楽園で。

お題「やわらかな光」

10/17/2023, 9:07:20 AM